白と銀の豪華な衣装をまとって、少しけだるそうにポーズをとっているのは、アレクサ・ワイルディング…。ロセッティ自身、この華やかな作品を「ヴェネティアン・スタイル」の絵だと認めています。
女性のもの思わしげな面持ち、椅子に身をもたせかけた姿、奥行きを排した装飾的な背景など、たしかにティッツィアーノ 、ヴェロネーゼなどのヴェネツィア派の影響を強く感じさせてくれます。ヴェネツィア派とは、つまり、画面の装飾性と女性美のみを追究するもので、題名こそダンテの「新生」(第24章)で「プリマヴェラ」と呼ばれたジョバンナからきているものの、その画面からは文学的な主題性は完全に消えてしまっています。これをロセッティは「現代風の絵」と称しています。また、「室内装飾として最も効果的な作品」とも言っています。つまり、ロセッティがラファエル前派から離れて、絵画を物語やイリュージョンの世界に開かれた窓でなく、あくまでも装飾性や色彩の調和の華麗さを追究するためのものだととらえるようになったことを示しているのではないかと思われるのです。
そもそもロセッティがひきいたラファエル前派とは、歴史を現代に当てはめて映し出す鏡として利用しようと試みるものであり、ヴィクトリア朝特有の歴史意識から大きな影響を受けていました。そして、現代は過去との比較によって初めて明確なものになるととらえていて、その作品は貧困、反カトリック暴動、売春など、当時イギリスが抱えていた社会問題をテーマにしていたわけです。つまり、ラファエル前派の画家の関心は純粋な芸術というよりも、社会的使命感にあったと言っても良かったのです。ロセッティ自身も「作品というものが真に価値あるものとなるには、作者の魂のみならず、時代そのものから生み出されねばならない。つまり、作品は時代の魂であらねばならないのである」と語った時期もありました。
しかし、ロセッティは真の意味での芸術家だったのでしょう。次第に、ボードレールの言う「近代生活のヒロイズム」に嫌気がさしてきたらしく、その反動ででもあるかのように、色彩と装飾性のみを追究するようになっていきます。そして彼自身、この作品を、現代風のヴェネティアン・スタイルの精華として「ヴェネツィアのヴィーナス」と呼んでいるのです。
★★★★★★★
ロンドン、 テイトギャラリー蔵