この目を見張る躍動感、ドキドキするような荒々しさ、ほとばしる情熱、強烈な色調、登場人物たちの劇的な身振りや表情….まさしく、これがリューベンス!…. なんてみごとな、息を呑む迫力でしょうか。
人と動物の生死を賭けたドラマ…. 白い服の男に躍りかかる牡ライオンに突き刺された何本かの槍が力の方向を凝縮させ、白目を剥いて恐怖と興奮で血が逆流してしまったかのような馬たちの動きにも目をうばわれます。 生命そのものが躍動しながら、決して勢いだけに流されていない計算された画面は、私たちを見知らぬ物語の世界へと引きずり込んでしまうのです。
私たちがリューベンスの名を聞いて、まず思い浮かべるのが、こうした大時代的な大作です。私たちのなかにあるリューベンスのイメージとは、確かにこんな感じに尽きると言ってもいいのです。作品一つ一つの名前は覚えていませんが、でも、とにかくリューベンスの絵は、どれもこれもこのように圧倒的迫力で私たちに迫って来るものばかりです。のびやかなデッサン力、絶えず動き続ける登場人物たち、あくまでも快活な色彩、モティーフの豊かな細部と全体的な調和… まさしく、どれをとっても完璧!…….それがリューベンスなのです。
63年間の生涯のなかで、画家としてだけでなく、公式、非公式の外交官としても活躍した彼の場合、その人生を見ても、まったくかげりは感じられません。早くから絵の才能がみとめられ、若くして大家であったリューベンスは、その完璧なイメージのゆえに、かえって「その前を通るときに挨拶はするが、わざわざ眺めはしない」大作の画家…と言われてきました。それは、ピエロ・デルラ・フランチェスカやフェルメールのような寡作家とは正反対に、50点を越す秀作を含む数千点の、あまりにもみごとな作品がずらりと揃い過ぎているからなのかも知れません。美食も過ぎればゲップが出てしまう….ということでしょうか。
しかし、シャルル・ボードレールをして「神の授けたアヘン」、人間の尊厳のよりどころとして輝く「灯台」と言わしめた水準の高さ、豊かさ、優美さを想うとき、リューベンスの画家としての偉大さをもう一度見直さなければ…..と思ってしまうのです。
★★★★★★★
ミュンヘン バイエルン国立絵画収集 アルテ・ピナコテーク蔵