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「リビアの巫女」

ミケランジェロ・ブオナルローティ  (1508-12年)

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     <礼拝堂内天井画の全体>

 なんと美しい背中でしょう。理想的な、みごとな筋肉のつき方、その内側にみなぎる力、緊張感にも魅了されます。キリスト到来の預言者の一人「リビアの巫女」は、現代アフリカにつながる国名を持つ巫女であり、黒人の若い女性として表現されることも多い、魅力的なキャラクターです。
    彼女は、リビア砂漠のオアシス都市シワでゼウスの神託を人々に伝えていたフォモノエーという名の女性だったとされています。『ギリシア案内記』を著した地理学者パウサニアスによれば、不死のニンフと人間の間に生まれた子であるとされています。またほかの伝説によると、ゼウスがポセイドンの娘ラミアに産ませた子とも言われており、アポロンの神託を伝える巫女の中でも最も古い時代の人ということになります。

 大きな神託の書を置こうとしているのか、それとも持ち上げようとするところでしょうか。しかし、よく見ると、左手は白いページの束だけを持ち上げ、親指が挟み込まれているようですから、必要なページを開こうとしている場面なのかも知れません。
 しかし、長時間はとても耐えられそうにない無理なポーズです。身体をよじり、両足はつま先だけを床や台につけています。鮮やかな黄色の胴着の下の筋肉の動きを見ることはできないわけですが、おそらく、これ以上ないほどの緊張感に包まれた姿であることでしょう。モデルとなった人物は、実はミケランジェロの弟子の少年だと言われています。
 そう言われると確かに、この堂々とした体躯は男性のものかも知れません。しかしヴァザーリは、「何かを書き終えて、女性らしい仕草で書物を置こうとしている」と記しています。モデルとなったのは美しい少年だったのでしょう。ルネサンス的な端正な横顔、丹念に編み込まれ、スカーフでまとめられたブロンドの髪、そして優雅な仕草は、間違いなく妙齢の婦人のものです。この「リビアの巫女」は、システィーナの天井画に描かれた女性像のなかでも、「デルフォイの巫女」と並んで、色鮮やかで美しく若々しい、最も人気のある一人なのです。

 システィーナ礼拝堂は、法王が儀式を執り行うための礼拝堂として、ユリウス2世の伯父にあたる法王シクストゥス4世の命により、1470年代後半から 80年代前半にかけて建立されたものです。そしてこの天井画は、法王ユリウス2世の注文で、ヴァティカン宮内システィーナ礼拝堂の天井に4年の歳月をかけて完成されました。その主題は、中央に旧約聖書の9場面、その周囲のメダイヨンを支える10対の青年裸体像、そしてその下のゾーンには7人の預言者と5人の巫女が描かれ、他にキリストの祖先たち、イスラエルの民の救済物語で構成されています。
 天井画はだまし絵的な手法で描かれ、いわば見せかけの建築によって仕切られています。登場人物たちはダイナミックな仕草や、人間的で緊張感あふれる表情で表現され、全体は、壮大で宇宙的な世界観に満ちています。ヴァザーリが伝えるところによれば、1512年の万聖節(11月1日)に天井画の足場がはずされたとき、人々は肝をつぶし、あまりのみごとさに言葉もなく押し黙った、ということです。たしかに、この天井画の完成直後に立ち会った人々の畏怖に似た感動は、想像するに余りあろうという気がします。1300×1800㎝の、巨匠ミケランジェロが命をかけた、壮大な旧約の歴史的世界は、作品としての枠を越えて画面から飛び出さんばかりなのです。

 『リビアの巫女』は、すべての預言者と巫女たちの中で一番最後に制作されたとみられています。1512年の夏、ミケランジェロは長い苦闘の天井画制作の終わりに、どれほどの思いをこめて彼女を描いたことでしょうか。マニエリスム的な色彩をまとい、この上ない緊張感に満ちた姿勢の彼女は、500年経った今もまったく衰えることのない美しさで、ひそやかで慎ましく、しかし堂々と私たちを魅了し続けているのです。

★★★★★★★
ローマ、 ヴァティカン宮 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎光彩の絵画―ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画の図像解釈学的研究
        若桑みどり著  哲学書房 (1993-02-28出版)
  ◎世界美術大全集〈西洋編 第11巻〉/イタリア・ルネサンス〈1〉
        佐々木英也・森田義之編著  小学館 (1992-12-10出版)
  ◎ルネサンスの三大芸術家―ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロをめぐる物語
        クラウディオ・メルロ著  PHPエディターズ・グループ (1999-12-02出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)  



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