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「リョコメデスの宮廷のアキレウス」

ポンペオ・ジローラモ・バトーニ  (1746年)

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 宮殿での優雅なひととき。美しい贈り物を選ぶお姫様たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきそうです。しかし、左手前で剣を抜こうとしているのはどこのお姫様?…..そう言えば、やけに腕が太くて、身体つきも何やら逞しくて…..少し、変です。実は彼女は、ギリシャの伝説的な英雄、アキレウスなのです。

 アキレウスの母は海のニンフ、テティスでした。彼女は、息子に定められた運命を知っていたので、生まれたてのアキレウスを守ろうと考え、アキレウスの足首を持って逆さにしてステュクス川の流れに浸しました。おかげで、彼は不死身になるのですが、テティスが握っていた踵だけは水につけることができず、そこだけ弱いままに残ってしまいました。これが、アキレス腱の由来となっているのです。
 やがて、アキレウスは立派な若者に成長します。しかし、息子がトロイア戦争に出陣すれば死ぬ運命であることを知っていたテティスは、アキレウスを女装させてリュコメデス王に預けました。お母さんは、子供がいくつになってもお母さん…ということでしょうか。
 そんなわけでアキレウスは、王の娘たちに混じって暮らしていたのですが、ある日オデュッセウスやギリシアの指揮官たちが、アキレウスを求めて派遣されてくるのです。彼らは計略をめぐらして、王の娘たちのためにたくさんの贈り物を持参していました。美しい宝石や衣装、装飾類のなかに、剣、槍、楯などを紛れ込ませて….。もちろん、娘たちはその贈り物に大喜びでした。
 大人しくしていたアキレウスでしたが、とつぜん喇叭が鳴り響くと、思わず本能的に剣をつかみ、すっかり本性を現してしまうのです。この作品はその瞬間….剣をとって抜こうとしている女装のアキレウスの姿と、贈り物に心を奪われている王の娘たちの様子を描いたものなのです。
 劇的な場面でありながら、優雅でたっぷりとした、甘さの漂う表現がバトーニらしさを感じさせます。この主題は、アキレウスを主題としたもののなかでは、決して英雄的なお話ではありません。しかし、おそらく絵画のテーマとしては一番多くとり上げられているものだと思われます。やはり、英雄の女装という主題が人気の秘密と言えそうな気がします。

 作者のバトーニは、18世紀ローマ派の画家のなかで、最も成功をおさめた人物と言われています。大規模な宗教画、神話画を教会やパトロンのために制作しました。古典主義的で、ラファエロやアカデミックなフランス絵画の影響を受けたバトーニの画風は優雅で官能的で美しく、教皇や君主、また貴族たちの好みにぴったりと合ったようです。また、彼自身、非常に社交的な人物でもあったらしく、教皇の美術蒐集の助言役をつとめ、教皇から騎士に叙せられたりもしています。
 バトーニは金工家の息子でした。そして、画家になったばかりの頃は、家族を支えるために肖像画の制作や扇面の彩画に追われる生活だったといいます。しかし、やがてバトーニの手慣れた肖像画は、彼の名声を不動のものにしていきました。バトーニの鋭敏な感性は、対象を敏感に、精妙にとらえ、法王、皇帝、グランド・ツアーでやって来たイギリスの紳士や貴族たちの心を完璧にとらえたのです。
 大規模な宗教画や神話画、一方では親密で繊細な肖像画…..。どんな分野にもその手腕を遺憾なく発揮した大画家バトーニは、今でもローマの絵画史上、最後の偉大な画家とされており、その評価は揺らいでいません。

★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館 蔵



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