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「レヴィ家の饗宴」

ヴェロネーゼ (1573年)

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 タイトルだけを見ると全く別のものと思ってしまいますが、この作品はまさしく「最後の晩餐」だと言われています。
 ヴェロネーゼは、この有名なテーマを描くにあたって、超自然的な事柄をいっさい避けたのです。そして、絵のテーマに適さない道化やゲルマン人、酔っ払いなどを描き込んだ咎で、宗教裁判所から召喚を受けます。ヴェロネーゼの描いたこの壮麗な饗宴が単に目を楽しませるものであり、「人間の魂の意図するもの」ではないと判断され、絵の神聖さに適さないと見なされたからなのです。しかし、ヴェロネーゼは召喚されるとすぐに、現在の題名をつけました。ですから、作品の中央に座する人物があきらかにキリストを意図したものでありながら、最初に彼がキリストの生涯のどの事件を描こうとしたのか、本当のところは定かでありません。しかし、裁判所の記録によれば、裁判所はこの絵が「最後の晩餐」を表したものと判断していたことは明らかです。

 ところが、ヴェロネーゼの証言は微妙なもので、これが「最後の晩餐」なのか、はたまた「シモン家の晩餐」なのか、判然としません。それはもしかすると、裁判所をごまかそうというような意図よりも、そうした区別にはこだわらないヴェロネーゼの自由な気分があったのかも知れません。ですから、『レヴィ家の饗宴』という都合の良いタイトルに決めてしまい、それで面倒な事件から適当に離れる道を選んだのだと思われます。
 しかし、それでも、いかに不適切だと弾劾されようと、細部を観察して描き込む画家としての権利の主張、宗教的な奥深さには無頓着だった告訴の正当性を認める件に関してはあくまでも拒絶したことなどに、驚くほどに外向的、積極的なヴェロネーゼの姿勢を感じることができます。ここには、すべての可視世界は画家の領分であり、自らの感覚は絶対なのだというヴェロネーゼの強烈な自負と自信を見ることができるのです。

 ヴェローナで生まれ、そこで修業を積んだヴェロネーゼは、ティントレットと並ぶヴェネツィア派のもっとも重要な画家でした。明るく華やかな色彩と調和のとれた古典主義的造形感覚は、彼に押しも押されもせぬ饗宴画の名手としての位置を与えてくれたのです。

★★★★★★★
ヴェネツィア、 アカデーミア美術館 蔵



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