ピン・・・と張りつめた空気の漂う作品です。
一人の女性が仕事台に身をかがめ、小さなピンを型紙の上に刺しながら、小さな糸巻を操っています。彼女の神経は二筋の糸の先端に集中し、そしてこの作品を鑑賞する人々の視線もまた、そこに引きつけられていきます。向かって右手にあると思われる窓からの光も彼女の手元に一直線に集中しているようで、この緊張し、凝縮された空間には他者の入り込む隙は与えられていないようです。
レース編みは、当時のオランダの女性たちの特技で、このモデルの姿は、どこの窓にも戸口にも見られるものでした。ですから、日常のごく何気ない光景なわけなのですが、それがこれだけの緊迫感と象徴性を感じさせてしまうのは、やはりフェルメールの創り上げた光の小宇宙・・・とでも言うべき空間のなせるわざなのではないでしょうか。モデル自身のみならず、画家の眼も心も、すべてが画面の中に投げ入れられているようで、何気ない生活空間から絵画空間が断ち切られている…そんな静謐な想いにとらわれます。
画面の前面に分厚い布やテーブルクロスを置くのはフェルメールの好むところですが、この作品では、その上に真っ赤なレース糸がこぼれて、とても鮮やかです。決して派手な色使いをせず、同じ赤でも突出した使い方をしないフェルメールですが、めずらしく鮮明な赤が美しく、この静かな世界に花を添えてくれているようです。
★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館蔵