ロリアンはフランスの西部、ブルターニュ地方のスコルフ川とブラヴェ川の合流点にある海軍基地であり、造船所のある漁港でした。ベルト・モリゾ(1841~1895年)は、海軍将校アドルフ・ポンティヨンと結婚した姉のエドマを訪ねて、しばしばこの地を訪れたようです。右端で白いドレスに身を包み、ややうつむいた女性がエドマですが、モリゾは好んで姉やその子供たちをモデルとして描いています。
彼女の画題が身内や庭での情景など身近なものに限られているのは、当時の社会的制約のためだったと思われます。当時の女流画家たちは、男性のようには自由に戸外での制作ができませんでした。一人で気ままに出かけるということ自体ができなかったのです。
そんな中、モリゾは両親の理解もあり、姉のエドマとともに画家を目指すことができました。モリゾの父ティビュルスは若いころに絵画と彫刻を学んだ人物であり、ベルトはその縁で最初の師、コローと出会っているのです。富裕な高級官吏の娘であったモリゾ姉妹は、生活面での不安は全くなく、安心して自らの才能を伸ばすことができました。
しかし、姉のエドマはサロンで入選を果たすなど将来を嘱望されながら、結婚によって画家の道を断念しています。妹のモデルをつとめながら、どこか寂しそうな彼女の表情を、モリゾはあえて余りはっきりとは描いていません。画面のほぼ半分を占める水面は、明るい夏の日射し、青い空、白い雲を映して美しくきらめき、繊細に筆が重ねられた印象主義の画家らしい画面となっています。しかし、なぜかもの悲しさが漂うのは、エドマの心がそのまま川面に投影されているためなのかとも思えてしまうのです。
ところで、ベルト・モリゾが優れた資質の持ち主でありながら、なぜか評価がもう一つ高くなかった理由の一つとして、彼女の即興的なタッチがあったようです。当時の批評家たちには、それが完成していないスケッチのように映っていました。モリゾの大胆で伸び伸びとした筆触、そしてこの上なく透明感に満たされた情感ある光の表現が理解されるには、まだ少し時間が必要だったのかもしれません。
★★★★★★★
ワシントン、 ナショナル・ギャラリー 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎印象派
アンリ‐アレクシス・バーシュ著、桑名麻理訳 講談社 (1995-10-20出版)
◎マラルメの火曜会―世紀末パリの芸術家たち
柏倉康夫著 丸善 (1994-09-30出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎印象派美術館
島田紀夫監修 小学館 (2004-12出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)
◎西洋絵画史who’s who
美術出版社 (1996-05出版)