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「ロレンツォ橋における十字架の奇蹟」

ジェンティーレ・ベッリーニ (1496-1500年)

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 あまりにたくさんの人々、そして323×430㎝という作品の大きさに圧倒され、主題を見失ってしまいそうですが、ここに描かれているのは中世から伝わる「聖十字架伝説」の中の一場面なのです。

 「聖十字架伝説」は、キリストの磔刑に使われた十字架が辿った数奇な運命の物語で、エデンの園に始まりヘラクリウス帝治下に及ぶ時の流れが示されています。
 楽園を追われたアダムは、ひそかに知恵の木の枝を持ち出していました。その枝は人々の手から手へと渡り、やがてモーセが青銅の蛇を立てたと伝えられる竿となります。これは、モーセが民のために神に祈り、神の指示で制度の蛇を作って旗竿の先にかかげ、この蛇を見た者が救われるように計らったという逸話です。
 その後、この材木はエルサレムに運ばれ、橋に使用されます。ソロモンを訪問したシバの女王は、幻を見てこの木の将来を予見し、ひざまずいて礼拝したといいます。
 そして、この作品の場面となります。十字架の木は、エルサレムのベテスダという池に浮いていました。この池の水は病を治す霊的な力があると言われ、多くの病人や障害を抱えた人々がやって来ていました。材木は、ここからキリストの十字架を作るために持ち去られるのです。
 このように、十字架の木は、原罪から贖罪に至る過程に深くかかわってきますが、ここでは、運河に落ちた聖遺物が再び浮かび上がってきた瞬間が描かれています。船を出す人々、桟橋で祈りを捧げながらじっと見守る人々……と、数え切れないほどの人数が描き込まれていますが、その中でも、画面右端で川に飛び込もうとする黒人の男、泳ぎ回る僧侶たちの活気に満ちた描写は、この特殊なエピソードを生き生きとしたものにしているようです。

 ところで、作者のジェンティーレ・ベッリーニ(1429-1507年)にとって、聖遺物の十字架や中世の伝説よりも、実は当時の美しい都市風景を写実的に描写することのほうが、ずっと興味深い仕事だったように思われます。実際、15世紀ヴェネツィア派の画家ジェンティーレは、カルパッチョから18世紀のカナレットにいたる街景画(ヴェドゥータ)の伝統を確立したという意味で、非常に重要な画家の一人でした。
 ジェンティーレ・ベッリーニは、15世紀ヴェネツィア派絵画の始祖と言われるヤコポ・ベッリーニの嫡子であり、ヴェネツィア派絵画の確立者、ジョヴァンニ・ベッリーニとは異母兄弟にあたりました。才能の面では、色彩性豊かで柔軟なジョヴァンニに及びませんでしたが、父ヤコポの工房を引き継ぎ、15世紀末のヴェネツィア画界に勢力を振るいました。
 ジェンティーレは、栄華をきわめたヴェネツィアの生き生きとした景観を正確に観察し、画布に再現した最初の画家でした。ですから、こうした説話表現もまた、彼にとっては格好の都市肖像画の素材だったに違いありません。実際の肖像画家としても活躍しましたが、やはり、こうした都市の描写を用いた大型の油彩の連作は、彼を最も輝かせた主題だったような気がします。福音書記者聖ヨハネ同信会のためのこの連作もまた、ジェンティーレの代表作の一つでした。

 温かい描写で描き出された美しい建築物は魅力的な背景となり、人物のやや硬い身振りや、人形のように立ちつくす同じポーズの繰り返しという違和感を和らげているようです。そして、前景の右側に控えて手を合わせている人々は画家自身の家族、ベッリーニ一族であると言われています。

★★★★★★★
ヴェネツィア、 アカデミア美術館蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編  日本経済新聞社 (2001-02出版)
  ◎西洋美術解読事典―絵画・彫刻における主題と象徴
       ジェイムズ・ホール著、高橋達史・高橋裕子他訳  河出書房新社 (1988-05-10出版)



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