たくさんの人々が生き生きと描き込まれた この祭壇画は、キリスト教の七つの秘蹟が象徴的に表現されています。秘蹟とは、神の恩寵を授ける儀式のことで、プロテスタントでは二つ、カトリックでは七つが認められています。
17世紀ごろまで、七秘蹟というテーマは、特に好まれた美術主題でした。「キリストの洗礼」(洗礼)や「最後の晩餐」(聖餐式)などは、本当に多くの画家によって描かれています。
両翼には、たくさんの人々が配され、少し読み取りにくいのですが、それぞれに三つ、合計六つの秘蹟が行われています。そして、中央翼の一番奥に司教の姿が見えます。頭上にキリストの肉体を表す聖体のパンを掲げていることから、ここでは七つ目の秘蹟、聖餐式が行われているのがわかります。
中央のゴシック風の教会内部は美しい線描で描き出され、その緻密さには溜め息が出ます。磔刑にされたキリストが高く掲げられた十字架の下では、あまりのつらさに気を失った聖母を聖ヨハネが支えています。
傍らのマグダラのマリアとサロメのマリアも、深い悲しみに暮れています。この激しい感情表現はいかにもウェイデンらしいもので、特に赤い衣装のマグダラのマリアのポーズは、「十字架降下」の折の彼女のものを、ちょうど背中側から見たような感じに表現されているのがわかります。さらに、十字架を見上げるサロメのマリアは、外典の「ヤコブ福音書」において、キリスト降誕の折に立ち会った助産婦の一人と言われています。マリアの処女懐妊を信じなかった彼女が聖母の身体に触れると、その手に皺が寄ったとされており、幼児イエスを抱き上げると、その手はすっかり元に戻ったと伝えられています。
左翼では、純潔と無垢を象徴した白い天使の下で、「洗礼」が行われています。これが二つ目の秘蹟です。その奥では、火を象徴する黄色の天使が見守る中、若者たちへの「堅信式」が行われています。「堅信式」とは、香油で額に十字をしるすことで信仰を深めるための秘蹟です。さらにその奥では、悔恨を象徴する赤の外衣をつけた天使の下で、司教が「告解」を受けています。「告解」とは、自らの罪を聖職者に告白し、神からの赦しを受ける秘蹟です。
一方、右翼の一番奥では、叙階が行われています。これは、聖職者を任命する儀式のことです。その手前では、貞節を象徴する青い天使のもと、結婚式が行われています。さらに、一番手前では、「終油の秘蹟」と呼ばれる人生最後の秘蹟が行われています。死を悼む黒い天使の下で、臨終の男が香油を塗られています。
この、人間の一生とともにある七つの秘蹟を、ファン・デル・ウェイデン(1399/1400-64年)は、架空の聖堂内に知的にコンパクトに構成しています。ここには、カトリックの全教義が表現され、細部まで綿密に描き込んだ、みごとな写実主義のお手本のような作品となっています。
この時期、画家はその真の個性を発揮するようになっており、見る者の情感に訴える悲痛さは、中央の磔刑図周辺によく現れています。しかし、ブリュッセルにおいて、「都市の画家」という称号を得た彼らしく、ここにはむしろ生き生きとした教育的イメージこそが優先されているようです。
★★★★★★★
アントウェルペン、王立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋名画の読み方〈1〉
パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳 (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)