この静かで不思議な作品は、ヴェネツィア貴族、タッデオ・コンタリーニの邸宅に所蔵されていました。「風景の中にいる三人の哲学者」というタイトルで記録されていますが、その名のとおり、人物は作品の一部分に集中し、風景のための空間が大きくとられています。
それはレオナルド・ダ・ヴィンチによって創り出されたスフマート技法を感じさせる柔らかさで、遠くの青い山は空に溶け込もうとしているように見えます。画家にとって風景は、もはや単なる心地よい背景ではなく、情緒を持った重要な絵画の構成要素となっているのです。鮮やかな色彩は大気中の光とみごとに調和し、みずみずしく、まさに生きていることを実感させます。
ところで、描かれた三人の人物については諸説あり、いまだ定まっていません。よく言われるのは、「東方の三博士が救い主降誕を示す星の出現を待っている場面」という説です。そのほかには、16世紀初頭に好まれた「人生の三世代の寓意」であるという説、また単に天文学者であろうという説もあります。さらに、ターバンを巻いている男性が東洋、左の青年がルネサンス、右の老人が古代ギリシャという哲学の三流派が示されていると説く者もあり、鑑賞者はさまざまな空想をふくらませることとなります。しかし、そんな謎めいた雰囲気こそ、この詩的で神秘的な巨匠にふさわしいのかもしれません。
ジョルジョーネ(1476/78-1510年)は、16世紀最初の10年間のみの画家生活で、ヴェネツィア絵画の流れを根本的に変えた人物であると言われています。そんな彼の新しい風景描写の特徴は、まさにこのすがすがしい光と大気の表現にありました。輪郭線を抑え、微妙な色調の変化によって表現する手法の美しさはジョルジョーネが最も得意としたものです。これによって彼の作品はより幻想的なものとなり、主題そのものよりも、その謎に満ちた雰囲気が人々を魅了し続けることとなったのです。
ちなみに、向かって左側で楽器を奏でる青年は、画家の自画像であると言われています。思えば、ジョルジョーネは、西洋美術における最も重要な画家の一人でありながら、わずか30歳足らずの若さでこの世を去っています。この作品も、弟子のセバスティアーノ・デル・ピオンボが完成させていますから、画家の最晩年の意義深い一作であったと言えます。それを思うとき、私たちは500年の時を超えて、この青年の横顔に思わず語りかけてしまいたくなるのです。
★★★★★★★
ウィーン美術史美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001/02出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)