三人の美女が薔薇の花輪をかざしながら、楽しそうに踊っています。傍らのクピドも、燃える愛を象徴する松明を持って、飛び回っているようです。
「三美神」は、多くの画家によって繰り返し描かれたテーマです。彼女たちは優雅と美の擬人化であり、愛と豊穣の女神ヴィーナスに仕えていました。『神統記』によれば、彼女たちの名前はアグライア、エウフロシュネ、タレイアといいました。15世紀フィレンツェの人文主義者たちは、純潔、美、愛の擬人像とも見なしたようです。
この古代壁画のような趣きを持つ美しい作品を描いたのは、イタリアの新古典主義を代表するアントニオ・カノーヴァ(1757-1822年)です。ところが、カノーヴァと聞いて、まず私たちが思い出すのは、「クピドとプシュケ」に代表されるような、見事に滑らかな彫刻作品の数々なのです。ただ、カノーヴァは、素描や絵画を使って彫刻作品の構成を考えたようです。この絵も、そうした試案の一つだったのでしょうか。後に、同じ主題を彫刻で制作しています。。
カノーヴァは、イタリアの新古典主義の傑出した彫刻家であり、最高水準の知識人であり、18世紀末から19世紀のヨーロッパ美術に多大な影響を与えた揺るぎない巨匠でした。サン・ピエトロ大聖堂の教皇墓をはじめ数々の大規模な仕事をこなし、この時期のヨーロッパ彫刻の大部分を支配した古典主義的風潮に指導的役割を果たしています。
カノーヴァは、古代を無条件に愛した芸術家でした。彼は、例えば、ミケランジェロやベルニーニといったルネサンスの巨匠たちの伝統を、理想的なかたちで引き継いでいました。それも、外面的な模倣や陳腐な真似事ではなく、作品の内奥から溢れ出るような理想的な美を再生したと言われています。
カノーヴァの作品の前に立つと、鑑賞者はみな、それがもともとは硬い大理石であったことを忘れてしまいます。彼の並外れた感受性は、すべてを跳ね返すような冷たい大理石までも、柔らかく溶かしてしまったのかもしれません。表面の滑らかで優美な仕上げは、その像が今にも息を始めるに違いないと、誰をも信じさせてしまうほどなのです。
黒い背景に、際立って明るい色彩で描き出された三美神は、今にも画面の中から踊り出てきそうです。そして、不思議なことに、彫刻化された三美神よりも、彼女たちはずっと生き生きと、自由な風に吹かれているように見えます。それは、繊細な線が与える動きのせいかもしれません。飽くまでも彫刻家であったカノーヴァにとって、絵画は何よりの気晴らしであり、実に自由な楽しみでもあったのでしょう。
★★★★★★★
ポッサーニョ、 カノーヴァ邸 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001/02出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)