その日、輝かしい色彩、明るい色調がサン・マルコ広場を埋め尽くし、揺らめきます。ヴェネツィアの人々が「センサ」と呼ぶ「主の昇天の祝日」は、一年のうちでも最も重要な行事の一つであり、人々に人気のある有名なお祭りだったのです。
「昇天」とは、復活をとげたキリストの、使徒たちへの最後の「出現」を意味する言葉です。このとき、主は雲に包まれて天へと召されたのです。キリストの昇天は、その復活から40日後、彼が使徒たちとオリーヴ山に立っている時に起こりました。「イエスは彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられてその姿が見えなくなった」と「使徒行伝」(1:9-11)には記されています。この日が「主の昇天祭」とされ、ヴェネツィア共和国華やかなりしときの大祝日であり、復活大祭の40日後の木曜日とされていました。
それにしても、この震えるような即興的な筆触は、実際の光景を描いたものにしてはあまりにも詩的で幻想的です。こうした都市景観を描いた絵画は普通、 18世紀を代表する景観画家カナレットの作品に見られるような、客観的で明瞭な描写が一般的です。ところが、この作品からは一種の白昼夢に似た特別な空気感が伝わるのです。そうした雰囲気を、ある人は「薄汚れた、ぼんやりとした」絵であるとさえ評したといいます。
作者フランチェスコ・グアルディ(1712-93年)は、18世紀ヴェネツィアの景観画家として活躍した人です。父のドメニコは画家であり、兄のジャンナントニオもまた著名な画家という画家一族の次男であったことから、最初は兄のもとで修業し、同時にマリエスキ、カナレット及び北方絵画の影響を受けていきました。
祝祭画も多く、高い評価を受けていましたが、フランチェスコの描く景観画は計算され尽くしたカナレットの作品とは対照的と言っていいものでした。はっきりと筆触を残すスケッチ風な描写を好んだフランチェスコは、こうした実景のほかに廃墟や想像上の建物を描くことも多く、そこには画家の持つ独特な情緒を感じることができます。
ヴェネツィアの特別な日、特別な瞬間を、フランチェスコ・グアルディは天才的な閃きでとらえています。時は止まり、華やかな人も建物も画面の中で揺らめき、輝き続けているのです。
★★★★★★★
リスボン、 グルベンキアン財団 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編 日本経済新聞社 (2001-02出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)