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「乾木の聖母」

ペトルス・クリストゥス (1444年)

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 樹木は、神の宿る聖なるものとして古代人の信仰を集め、近東では地母神崇拝とも結びつけられていました。また、季節とともに死と再生をくり返すことから「大地の甦り」を表す女性的象徴とも見なされていたのです。
 しかし、この作品は本当に特異な、他には類例を見ることのできない、樹木を使った聖母子の表現です。中央の幹から伸びた枯れ木の枝が茨の冠の形となって聖母子を包み込んでいるのです。この木はエデンの園にあった生命の樹を暗示しているのかも知れません。しかし、冷たく静かに、この生命の樹は枯れ果てています。つまり死を表しているのです。そして茨の冠はキリストの受難を象徴し、その中にひっそりと立つ聖母子の未来を暗示しています。
 また、さらによく見るとき、枯れ木の枝に15個の「a」がぶら下がっていることに気づきます。これは、聖母マリアの連祷である15の「アヴェ・マリア」を示しています。つまりこの作品は、樹木の枯死と再生の神秘に、キリストの死と復活が象徴されているのです。

 ペトルス・クリストゥスは初期ネーデルラントの画家で、1441年、ヤン・ファン・エイクの死後その工房を引き継ぎ、ブルッヘの美術活動を代表する画家となった人です。つまり、あの天才エイクの実質上の後継者であり、精緻で澄明な写実主義を貫いた画家なのです。
 そう言えば、聖母の立ち姿も、どこかエイクのものと似ているような気もします。しかし、あの偉大なファン・エイクの後継ぎだなんて…考えただけで、その重さにつぶされてしまいそうですが、彼は自らの才をきちんと把握していたのでしょう、たしかに独創性には欠けていましたが、当時の巨匠たちの影響も受けながら、クリストゥス独自の空間構成をもつ、静謐で鋭敏な世界を築いていったのです。

★★★★★★★
マドリード、 ティッセン=ボルネミッサ・コレクション 蔵



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