前景には異世界の生き物のような巨大な手、背後の部屋も大きく傾き、世界全体がゆがむ中、顔だけが端正に整っています。これは、作者パルミジアニーノ(1503-40年)の自画像なのです。そして、おそらくは自画像史上、特筆すべき傑作と言って間違いないでしょう。
1520年代、30年代のパルマは、このパルミジアニーノとコレッジオの存在によって、16世紀美術の重要な中心地の一つとなりました。極めて若いうちから頭角を現したパルミジアニーノは、初期マニエリスムを導入することで、尊敬するコレッジオと肩を並べる画家となったのです。
そして、1524年、彼は恐らくはフィレンツェ経由でローマに赴いています。そこで、法王クレメンス7世の宮廷に身を置くことになるのですが、その際、自らの才能を示すべく、名刺がわりにこの自画像を持参したと言われています。そこには、弱冠20歳の画家の不遜なほどの自信と、あくなき上昇志向を見てとることができるように思われます。目鼻立ちの整った容姿を持つ画家は、自らをあえて凸面鏡中の不思議な空間に置くことで、全く新しい鮮やかな衝撃を人々に与えたのです。
パルミジアニーノがこうした形の自画像を描こうと思い立ったのは、まさに床屋で見た凸面鏡がきっかけだったと言われています。着想を得た彼は、早速凸面にした板を使って克明な描写を行ったのです。凸面鏡の中で、画家は何を思っているのでしょう。その巨大で驚くほどしなやかな指は、画家の本心をみごとに隠してしまったように見えます。早い晩年を迎えた時、錬金術のとりことなっていたというパルミジアニーノの未来が、ふと見えるような気がする…と言ったら、余りにも見え透いた締めくくりでしょうか。
★★★★★★★
ウィーン美術史美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎名画への旅〈8〉/盛期ルネサンス〈2〉ヴェネツィアの宴
森田義之 他著 講談社 (1992-12-15出版)
◎カラヴァッジョ鑑
岡田温司編 (京都)人文書院 (2001-10-25出版)
◎教養としての名画―「モナ・リザ」の微笑はなぜ神秘的に見えるのか
岡部昌幸著 青春出版社 (2004-09-15出版)
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001/02出版)