我が家の猫を見ていると、親バカとは思いつつ、なんて無駄のない美しい姿なのだろうと、しばしば感動を覚えます。例えば、全身が毛で覆われていても、鼻の先だけはその鋭い嗅覚を示し、くっきりと線引きしたように毛の全くない箇所となっています。この部分は、健康なときにはみずみずしいのですが、ちょっとでも体調が悪いとカラカラに乾いて、人間にその不調を知らせる目印ともなります。
もちろん猫だけでなく、この地上の生物は例外なく、どんなに小さな存在であっても、何一つ揺るがせにできない完璧な姿をしています。これらの全てを造形したのが、日月星晨からすべての動植物にいたるまで、宇宙万有の支配者たる神であったと「創世記」には記されています。
天地創造の物語は、たくさんの画家によって様々に表現されています。その中でも最も多く描かれているのが人間の創造ですが、この作品はその前日の5日目、神が水に群がる生き物と空飛ぶ鳥を創造したときの様子が描かれています。神はこれらを祝福して言いました。
「産めよ、増えよ。海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ」。
ティントレット(1519-94年)の代表作の大多数は、ヴェネツィアの同信会館(スクオーラ)や聖堂、パラッツォ・ドゥカーレのための油彩画連作です。この作品も同信会館の注文によるもので、現在では5点のうちの4点が現存しています。ほかには「原罪」「神の前のアダムとエヴァ」「アベルを殺すカイン」があり、「創世記」の諸場面の連作となっています。
ヴェロネーゼと並んで16世紀後半のヴェネツィアを代表する画家だったティントレットの特徴は、何といってもその超現実的な明暗の鋭い対比、そしてバロックを先取りしたような、あまりにも動的でドラマティックな画面構成でしょう。彼は「ティツィアーノの色彩とミケランジェロの線描を持った画家」とうたわれましたが、実際にはそのどちらにも似ていませんでした。それよりも、もっと非現実的で変化に富み、独特で魅力的で、見る者をも巻き込んでしまう画家だったのです。
それにしても、鋭い光を放って飛翔する神の姿はなんと精力的で、迫力に満ちていることでしょうか。その神に導かれるように、魚たちは波を蹴立て、鳥たちも一斉に同じ方向に羽ばたき始めました。このとき、どれほどの音が地上を支配したことでしょう。人間以外の生きとし生けるものたちの計り知れないエネルギーに、見る者はただ圧倒されるばかりなのです。
★★★★★★★
ヴェネツィア、 アカデミア美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎ティントレット画集
諸川春樹解説 トレヴィル;リブロポート (1996-01-15出版)
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001/02出版)