この丈夫そうな、そしてちょっと不機嫌そうな女性は、スーラの内縁の妻だったマドレーヌ・バブロックです。
息子を認知しながら、スーラが彼女を母親に引き合わせたのは、死のたった2日前だったそうです。彼の徹底した秘密主義のせいなのでしょうが、死亡してから初めて妻子がいることを知って、親友たちもびっくりしたといいます。
スーラの死後、マドレーヌは「ポーズする女たち」「坐るモデル」「背面のモデル」「シャユ踊り」ほか風景画3点と多数のエスキース、デッサンを相続しましたが、彼女はそれに満足できなかったようです。スーラの友人たちが自分から絵を奪おうとしていると言い立てて嫌われ者となり、その後、消息を絶ってしまいます。
実際のマドレーヌがどんな女性であったのか、今となってはわかりませんが、少なくとも、この作品には愛情をこめて描かれているとは言い難いものがあります。「スーラの構成的な意志と、モデルの忠実な再現との間のギャップが、この作品にある種のユーモアをもたらしている」という見方が一般的なのですが、私がスーラだったら、自分の奥さんはもう少し美しく、優しい女性に描くと思います。いくら芸術のため、作品のためであっても、あまりにも彼女が可哀想な気がするのです。
しかし、この作品には、そうした不満を超越して、不自然な魅力があります。
たとえば、パフを持つ右手のかたちです。ふつう、こんなに手首をねじってパフを持つことはありませんし、これでは真正面から乱暴に顔をたたくかたちになって、とても美しく粧うことはできないと思います。
また、鏡につけられた蝶の飾りと壁紙の模様の奇妙な一致、窓のように開かれた形の壁の絵・・・。
スーラ自身は、楽しさを表現した絵を描いたようなのですが、私には何やらどれも全部不自然で、不思議な世界なのです。
★★★★★★★
ロンドン、 コートルード美術研究所蔵