ピシッピシッと遠くから氷の割れる音が聴こえるようで、触れれば指先から凍り付いてしまいそうな作品です。
個人的な感情をまじえない、恐いほどの精緻な技法…これはドイツのロマン派の代表的な画家の一人、フリードリヒのたいへん有名な作品なのです。
画面の右側に見える難破船は、1819年から翌年にかけてウィリアム・パリーが敢行した北極探検に参加したもので、ベーリング海峡での不運な探検隊の最後を描いたものなのです。同時代のターナーであったら、この動きのなさにはとても耐えられないところだったかも知れませんが、あえてこのテーマに心ひかれたのはフリードリヒらしいところと言えます。
自然のちからで積み上げられた氷の板の尖った稜線の動かしがたい厳しさは、完璧に視覚化された人間敗北のモニュメントと言えるでしょう。救いようのない寂寥、荒涼たる氷山と海の連なり….不安この上ない風景が広がっています。
これは、もしかすると画家自身の心につきまとう憂愁の反映なのかも知れません。しかし、ここには、それ以上に主観的な、また情緒的な運筆の影はありません。彼はまるで、この画面内には介入せずに創造したようにさえ見え、きわめて没個性的な作品と言えるかも知れません。この入念かつ精緻で精彩に富んだ技法は、ロマン派絵画の特徴として、新古典主義の画家メングスなどに由来するもので、ドイツの画家たちはとくに真剣にその技法を取り入れています。
それは、色彩をさえ犠牲にした形態一辺倒という特色を明確にするものでもあったのですが、フリードリヒの手にかかると、それは非常に効果的な手法の顔を見せます。それは、彼の持つ想像力と創造力の勝利以外の何ものでもなく、また、彼のほかにそれをなし得た画家は見当たらなかったと言ってもいいと思うのです。
★★★★★★★
ハンブルグ美術館 蔵