大天使ガブリエルのお告げに驚いて、マリアは言いました。
「どうして、そのようなことがあり得ましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」。
すると天使は答えました。
「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包むでしょう。それゆえに、生まれ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女と言われていたのに、はや六カ月になっています。神にできないことは何一つないのです」。
それを聞いて、マリアは静かに頷きました。
「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」。
そこで、天使は去って行きました。
キリストの托身は、この時に行われたと考えられています。何度も書物で読み、同じテーマの絵画にも数多く接してきた「受胎告知」ですが、それでもいつも新鮮な感動に心ふるえるのは本当に不思議です。美しいマリアと堂々たる大天使が対等の場で向かい合い、頭上には雲と空が描き込まれ、そこから目のくらむような光の中を聖霊の鳩が舞い降りてきます。これは、見る者をして天がすぐ近くにあることを暗示しているのです。このあまりにも有名な場面を、フランス古典主義の画家シャンパーニュ(1602-74年)は、輝くばかりのモニュメンタルな画風で描いています。
彼の作品を見るとき、ある人はルーベンスの描く絵画を連想するかも知れません。しかし、シャンパーニュの画風は、ルーベンスの持つバロック様式をもっと簡潔で抑制したものにしているようです。それがこのように平明で親しみやすい、優しい画面となって、私たちの心をとらえるのです。また、画家自身が生涯にわたって親交のあったフランス最大の巨匠プッサンの古典的な構成の影響もまた、見てとることができます。シャンパーニュ作品の中には、17世紀半ばのフランス美術に見られる古典主義的様式、合理主義が、まさに具現化されていると言って間違いないと思います。
ところで、静かに受容のポーズをとるマリアに、私たちが不思議なほどに親しみを感じるのは、もしかすると、彼女がお辞儀をしているように見える為かも知れません。そう思ってよく見てみると、色白のマリアの顔立ちはどこか日本的で、和服を着せたらきっと似合いそうです。17世紀のフランスで活躍したシャンパーニュが、日本や日本女性を知っていたとは考えにくいですが、こんなにたおやかなマリア様であれば、一度お会いしてみたい…..と思ってしまうのも、すぐれた肖像画家であったシャンパーニュの力量の故なのかも知れません。
★★★★★★★
ロンドン、 ウォーレスコレクション 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎新約聖書
日本聖書協協会
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)