これは、モアブの女性でダヴィデの曾祖母にあたるルツの物語です。
モアブにおけるユダヤ人移民と結婚したルツは、夫の死後故国を去り、孤独な身の上となった姑のナオミと共にベツレヘムに赴きます。ナオミの夫エリメレクの一族には、ベツレヘムに一人の裕福な親戚がおり、その名をボアズといいました。そしてルツは、農夫ボアズの畑で落ち穂を拾うことを許されたのです。
ボアズはルツに言いました。「私の娘よ、よく聞きなさい。よその畑に落ち穂を拾いに行くことはない。ここから離れることなく、わたしのところの女たちと一緒にここにいなさい。刈り入れをする畑を確かめておいて、女たちについて行きなさい。若い者には邪魔をしないように命じておこう。喉が渇いたら、水瓶の所へ行って、若い者が汲んでおいた水を飲みなさい」。ルツは顔を地につけ、ひれ伏して感謝しました。するとボアズは続けて、「主人が亡くなった後も、姑に尽くしたこと、両親と生まれた故郷を捨てて、全く見も知らぬ国に来たことなど、何もかも伝え聞いていました。どうか主があなたの行いに豊かに報いてくださるように。イスラエルの神、主がその御翼のもとに逃れて来たあなたに十分に報いてくださるように」。
そんなボアズの厚意にも、ルツはナオミの忠告を守り、収穫にはげむ若者たちの中にあって節度ある態度を守りました。そしてある夜、ボアズが畑で寝ているとき、彼女はナオミの言いつけを守ってボアズの足元に身を横たえました。この行為からボアズはルツの徳を知り、以後、親戚として彼女に対する責任を負おうと決心します。そして町の長老たちに公証人となってもらい、ボアズとルツは神と人の祝福を受けて結婚をし、子供をもうけるのです。
ルツの物語がキリスト教美術の中に位置付けられるのは、伝承された系図から、彼女がキリストの先祖であるからなのです。そして『ルツ記』は聖書の中でもとくに、人間的共感をこめて物語られています。
フランス古典主義を代表する画家プッサン(1593-1665年)は、そんな『ルツ記』の一場面を、のどかな田園風景の中に描きました。あまりに平和な光景で、人は本当に脇役のように配されているので、タイトルを見なければ、これがルツとボアズの物語を描いたものとは分かりません。晩年になって、幻想性の強い寓意的風景画を描くようになったプッサンの、最晩年の集大成とも言える『四季』の連作の中の一作品です。この他に『春(地上の楽園)』、『秋(カナーンのブドウ、または、約束の地)』、『冬(大洪水)』があります。これは、バロックの音楽家ヴィヴァルディが作曲した『四季』にも見られるように、この時代に好まれた主題と言えます。
1650年頃までに、プッサンは全ヨーロッパで名声を確立しました。しかし、パリ画壇の面倒な人間関係に嫌悪をおぼえたのか、若い頃に滞在したローマに戻り、それからは親しい友人だけに囲まれた生活の中で、知的な構成感覚を磨いていきました。そして、彼自身が求めていた準幾何学的な明晰さと秩序の保たれた静謐な画風を我がものとしていったのです。絵画は精神に訴えるものであって、目に訴えるものではない、というプッサンの理念は、このように詩的で美しい世界を、聖書の章句と一体化させてしまったのです。
★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎崇高なるプッサン
ルイ・マラン著 みすず書房 (2000-12-15出版)
◎西欧芸術の精神
高階秀爾著 青土社 (1993-09-20出版)
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)