17世紀のオランダは、貿易を背景にした市民社会のめざましい発展の中にあって、アムステルダムは市民たち自身による警備隊で護られていたのです。これは、そのうちの一つ、フランス・バニング・コックを隊長とする一団が市庁舎を出発しようとする様子です。
バロック時代のオランダでは、大人数を描いた集団肖像画が好まれました。たいてい、メンバーの集会場を飾るために発注されるのですが、ここで大切なルールが二つあります。それは、現実に忠実に描くこと、そして、社会的地位の優劣をはっきりと描くことでした。
「夜警」では、この基本的なルールはしっかり守られています。ただ当時、こういった作品は、テーブルの周りにメンバーを配置したり、皆でわかりやすく立ち並んで描かれることが暗黙の了解でした。そういう意味で「夜警」は、それぞれの個性を際立たせた画期的な集団肖像画だったのです。
レンブラントは、この火縄銃手組合の市警団の警備隊員たちを、巨大な門を出て行進を始めようとする市民兵の集団として描きました。彼らの主な活動といっても、実は、町を巡回する程度の些細なものでしたが、画家は、まるで彼らがこれから戦いに挑もうとする英雄たちであるかのように描いたのです。
彼らには制服がなかったため、各自が思い思いの格好で登場しています。光を浴びて輝く黄色の衣装に身を包んだ副官ウィレム・ファン・ライデンブルフには、注目を独り占めにしようとする意図が感じられます。彼は、なかなかの洒落者だったのでしょう。その逆に、全身を黒で固めたコック隊長からは思慮深さが伝わります。ここでは、地位の優劣をはっきりさせるため、副官は隊長よりも前に出ないように描かれています。
さらに、隊長が真正面を向いているのに対し、副官は隊長を見て、彼の命令を待っているようです。そして、副官のジャケットに隊長の手の影が映っていることも、彼の威厳を示しているように見えます。
ところで、市警団全体の肖像画であるにも拘わらず、レンブラントが全員を平等に描かなかったとして、隊員から抗議を受けたと言われています。しかし、不満を持つ者ばかりではなかったはずです。
画面向かって右端で手を伸ばして指を差しているのは、当時の社会を支えたカルバン主義の助祭、ロンバート・ケンプです。彼はおそらく、この斬新な肖像画の中の自分の描写を気に入ったに違いありません。反対、左端のデジニア・エンゲレンは、昔の騎士の兜を被り、鉾槍を手に、精一杯目立とうとしていて、それなりに成功していますし、愛国心に満ちた表情で旗を持つアルペレス・ビシェは、自らの堂々とした姿を誇りに思ったことでしょう。
この中には、ドラムを叩く男を除いて、総勢18人が描かれていると言われています。それは、門の上のほうに掛かった盾形のカルトーシュに18人の名前が書かれていることからわかります。お金を払った団員だけが描かれているのです。
ただし、この絵の中には、団員でない二人の人物が紛れ込んでいます。まず目につくのは、何と言っても、光を浴びて金色に輝く、大人の女性の顔を持った少女でしょう。彼女はまるで、星のように非現実的な存在です。そしてなぜか、鶏を一羽、腰からぶら下げています。爪まで詳細に描かれた鶏の脚のすぐそばには銃が描かれています。火縄銃手(klovenier)は、聞きようによっては「にわとりの爪」(klauw)のようにも聞こえるので、語呂合わせなのでしょう。少女はやはり象徴的に描き込まれたもので、現実の存在ではないのかもしれません。
そして、もう一人、画面の奥のほうに、こちらを見つめる目が一つ、ベレー帽を被った男が、ほんの少し顔を見せています。これは、もしかすると、「夜警」を描き終えてホッと一息ついた画家自身の姿なのかもしれません。あまりの大作なので、ちょっと顔を出してみたくなったのでしょうか。
この作品は、今では「夜警」というタイトルで知られていますが、本当は「隊長フランス・バニング・コックと副官ウィレム・ファン・ライテンブルフの市警団」といいます。昼間の警備であるにもかかわらず、レンブラントの劇的な光と闇の対比が、見る者に夜を連想させてしまったのでしょうか。しかし、実は、そうではありません。時の流れが、この作品に悪影響を与えたのです。ニスが褐色化するなど、画面が少しずつ暗くなり、夜の場面だと思われるようになったというのが本当のところです。
1975年にその層も除去され、今ではみごとに修復されたのですが、人々は親しみを込めて、「夜警」と呼び続けているのです。
★★★★★★★
アムステルダム国立美術館蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎昔の巨匠たち―ベルギーとオランダの絵画
ウジェーヌ・フロマンタン著 白水社 (1992-02-20出版)
◎レンブラント―光と影の魔術師
パスカル・ボナフー著 創元社 (2001-09-20出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)