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「大工のヨセフ」

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール (1645年)

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 大工のヨセフは黙々と夜なべ仕事に打ち込んでいます。少年キリストは、蝋燭を手にしてその手許を照らし、父ヨセフをそっと見つめています。蝋燭の灯はヨセフの額を、少年イエスのふっくらした顔を、ヨセフの二の腕を明るく照らし、そしてイエスの指の血の色を透かして見せています。二人の間に流れる暖かく、静かな時間…. ヨセフはどんなにか幸福感に満ちていたことでしょうか。
 彼はダヴィデ、ソロモンの後裔、そしてナザレの大工でした。その妻マリアが処女懐胎で出産したのがイエスでしたから、イエスとの血のつながりはありません。また、マリアと結婚した時点で彼はすでに老人と言ってよい年齢だったようですから、キリストの磔刑にも立ち会えず、本当に影の薄い存在なのです。そんな、ちょっと気の毒なヨセフですが、ほんの束の間、可愛い息子のイエスと、こんな暖かい時間を持つこともあったかも知れません。愚直なヨセフは、嬉しそうな顔を見せるのも苦手だったのではないでしょうか。だから…少年イエスはただ黙って、そんな父のそばにすわり、手許を照らしつづけるのです。

 カラヴァッジオの光線は、17世紀のヨーロッパに広がっていました。「ろうそくの画家」と呼ばれたラ・トゥールもその影響を受けた一人です。フランス、ロレーヌ地方のパン職人の子に生まれたジョルジュ・ド・ラ・トゥールは、若いころにローマへ行き、光の効果を追究し、徹底した写実を確立したカラヴァッジオの洗礼を受けたと言われています。
 蝋燭の明りに照らし出された宗教画や風俗画など、「夜の絵画」と言われるラ・トゥールの作品たちは、その静謐な美しさで見る者の心をひたひたと満たしていきます。そして、聖ヨセフとイエスは貧しい庶民の姿に描かれながら、聖者や神ではない生身の人間としての尊厳に輝き、それを見守る私たちは、その精神性の高さ、敬虔な宗教的情感の表出に、言葉もなくただ打たれてしまうのです。

 ラ・トゥールはルイ13世の宮廷画家にまで登り詰め、生涯に400点以上の作品を残したと言われていますが、死後は徐々にその存在を忘れられていきます。そして、その作品たちが再び日の目を見たのは20世紀に入ってからのことでした。生前制作された作品は現在、10分の1ほどしか確認されていませんが、彼の写実的で独自な光のもたらす画面は、17世紀絵画の一つの在り方を明確に示唆してくれているのです。

★★★★★★★
パリ、 ルーブル美術館 蔵



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