悲しそうにうなだれ、目を伏せるサッフォー….。首を90度近く傾け、普通だったら苦しくて、とてもポーズを保っていられない姿勢ですが…..この非現実的な姿がいかにもモローらしくて、その悲しみ、絶望の深さが迫ってきます。
モローは、このサッフォーをテーマとした作品を1870年前後、集中的に描いています。このように岩の上でうなだれる姿のほかに、断崖から海へ落ちて行くシーン、海辺に横たわる姿など、いくつかのパターンがあり、そのどれもが美しく、幻想的に描かれています。
サッフォーは紀元前6世紀ごろに活躍したギリシアの女流詩人で、伝説に彩られた女性です。このシーンは、フォーオーンという青年に失恋したサッフォーがレウカディアの岬から投身自殺をしたという、彼女の死にまつわる伝説から想を得たものですが、モローはサッフォーについて、次のように書き記しています。
「我がサッフォーには、巫女、それも詩的な巫女の神々しいような性格を望んだ。それゆえ彼女の衣装を考えるに当たっては、優美と、厳格と、とりわけ詩人の最も大きな資質である多様性、すなわち想像力の理念を、精神のなかに呼び覚ますようにした」。
モローの作品の中では常に詩人の象徴である竪琴を背負ったサッフォーは、モローにとって、想像力によって神と人間との仲介をなす存在にほかならなかったのです。
1878年の万博でモローの作品を見たマネは、
「彼には強い共感を抱いている。しかし彼は間違った道を歩いている。自己の信念に忠実なギュスターヴ・モローは、やがて我々の時代に嘆かわしい影響を及ぼすようになるだろう。彼は、すべてが理解されることを望んでいる我々を、理解しがたいものへと導いてゆく」
と述べています。
これは、非常にクリアな目を持ったマネらしい発言ですが、しかし、「すべてが理解される」ことなどに興味を置かず、内なる感情だけを信じたモローの表現は、生涯、理知主義とは対立するものであり続けたのです。マネの批判する、まさにその部分こそがモローの最大の魅力であったのですから….。
★★★★★★★
ロンドン ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館蔵