バラ色の頬のジョルジェット・シャルパンティエちゃんは、ちょっとはにかみながらも可愛らしいポーズをとっています。
彼女は、パリの名士として知られた出版業者、ジョルジュ・シャルパンティエの一人娘でした。これは、彼の妻マルグリットによって、初めてルノワールに依頼された肖像画だったのです。シャルパンティエ夫人のサロンは、当時のブルジョアの知的で優雅な社交場として知られていました。シャルパンティエ夫人は、この作品を非常に気に入り、以後、ルノワールには、有力者からの注文が相次ぐようになるのです。ルノワールの人生を一変させた一作と言えます。
それにしても、こんなに健康そうで可愛らしい女の子を最近、あまり見たことがないような気がするのですが、一目見てルノワール作品とわかるこのチャーミングな肖像画には、きっとファンが多いことと思います。それは、何度見ても飽きないと言うよりも、少し疲れたとき、また会いに行きたくなってしまうような優しい心地よさがあるからなのです。
色も雰囲気も温かい画面の奥から笑いかける少女に、私たちは一片の警戒心も持たずに接することができます。どんなときでも、心の中で話し掛ければ答えてくれそうな生き生きとした彼女に、何やら無条件に癒されてしまうのです。それは、古典的なもの、普遍的なものに対する安心感といった類のものかも知れません。
この時期、ルノワールは印象主義から脱却して、独自の道を歩もうと試行錯誤していました。それは、うす塗りの色彩を重ねて、光の効果を失わずに質感の滑らかさを表現しようとするものでした。光の美しさを人物や群像の表現に適用することを目指してきた彼が、もっと個人的な、生とその豊かさを表現する、独自の自然感を完成させようとしていたのです。その具体的な形が室内における少女像です。でも、それは、思うよりもずっと困難な作業だったようです。ルノワール自身、大きな壁を感じていた、と言います。
ですから、この時期のルノワールにとって、この少女は彼の願いを成就させてくれる一つのきっかけになってくれたのではないでしょうか。光の中で、ちょっとまぶしそうに微笑むジョルジェット・シャルパンティエちゃんは、私たちより先に、まずルノワール自身を幸せにしたのかも知れません。
★★★★★★★
東京、 ブリヂストン美術館蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎印象派
アンリ‐アレクシス・バーシュ著、桑名麻理訳 講談社 (1995-10-20出版)
◎印象派美術館
島田紀夫著 小学館 (2004-12出版)
◎ルノワール
ウォルター・パッチ著 美術出版社 (1991-02-10出版)
◎ルノワール―その芸術と生涯
F・フォスカ著 美術公論社 (1986-09-10出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)