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「放蕩息子の帰宅」

レンブラント・ハルメンス・ファン・レイン(1669年)

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 老いた父の温かい両手に抱かれたとき、息子は初めて、真に赦されたことを実感したのではないでしょうか。彼の心からの安堵が、胸の前で交差させた両手や静かに閉じた目から、深く静かに伝わってくるようです。
 ルカによる福音書 5:11-32の「放蕩息子の帰宅」をテーマとした作品は、本当に多くの画家によって描かれてきました。あまりにもしばしば目にするので、私たちはつい、そこに込められた意味を忘れてしまいます。しかし、オランダ絵画黄金時代を代表する巨匠レンブラントの、この内省的な作品を見るとき、人がどんなに神の赦しを、そしてその深い懐を求める存在であるかを実感させられるのです。

 ある男が遺産の分配を要求され、二人の息子に分け与えました。ところが、弟のほうは自分の分を持って父のもとを去り、自堕落で放蕩三昧の生活にその全てを使い果たし、貧困の中でついに農家の豚飼いにまで身を落としてしまいました。
 苦しさの中、彼は自分の罪を悔い改め、帰宅しようと決心します。しかし、父は赦してくれるのでしょうか。不安を抱えて帰途につくと、なんと父は大喜びで走り寄り、彼の首を抱いて接吻してくれたのです。
 息子は、言いました。
「お父さん、私は天に対しても、お父さんに対しても罪を犯しました。息子と呼んでもらえる資格などありません」。
しかし、父は彼に上等の服を着せ、太った子牛を屠って宴会を開いてくれました。
 宴会のさなか、嫉妬のために怒る兄を見て、父は静かに言うのです。
「ここにいるお前の弟は、死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに、見つかったのだよ」。
それを聞いた兄は、遠慮がちに弟を迎え入れます。懺悔と容赦の徳は、すべてのわだかまりを温かく溶かしていくのです。

 この作品では、まだボロをまとったままの弟を、かき抱く父の姿が描かれています。汚れた足の裏には血がにじんでいるようで、彼の道中の困難を偲ばせますが、その両手は胸の前でしっかりと合わされ、髪も剃った姿には改悛の情がはっきりと表されています。そして、まるで盲目のように見える父親の優しい両手は、その体温までも感じさせる存在感を持ち、もう二度と我が子を手放すまいとする愛情にあふれています。
 傍らで無感動に立つのは、怒りを抑えた兄でしょうか。父と同じ赤いマントを着け、弟を見守ります。父と兄の顔に当たる光は柔らかく、弟の背にも、その光はやさしく伸びているようです。
 そして、陰の部分にうずくまる人物と、顔だけ覗かせている女性とおぼしき人影は、召使いではないかと思われます。主人公たちに引き比べると、やや生気のない無表情な表現から、二人の人物はもしかすると、晩年のレンブラントにかわって、別の画家が手を入れたのではないかとも言われています。

 レンブラント・ハルメンス・ファン・レイン(1606-69年)は、若くして流行画家の地位を不動にし、有力者の娘サスキアと結婚、大邸宅に住んで好みの美術品を収集し、公私ともに充実した前半生を送っています。ところが、36歳で最愛の妻を亡くしたあと、景気の変動とともに一気に財政破綻をきたし、内縁の妻ヘンドリッキェや息子ティトゥスにも先立たれ、寂しい後半生となってしまいます。人生の絶頂とどん底を経験した画家でしたが、その絵画は絶えず進化し、次第に内省的に、さらには優しく柔らかく、見る者の心までも光の中に溶かし込んでしまうかと思うほどの画境にまで達していくのです。
 この作品は、レンブラント最晩年の、荘厳で侵しがたい、おそらくは未完の傑作と言われています。聖書の中の物語でありながら、現実に生きて、苦しみ悩み涙する人々の感情が画面からそのまま伝わってくるようです。薄暗闇の中、人々を照らす光は神の恩寵であり、すべてを受容したレンブラントの眼差しそのもののようにも感じられるのです。

★★★★★★★
サンクトペテルブルク、 エルミタージュ美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎レンブラント―光と影の魔術師
        パスカル・ボナフー著  創元社 (2001-09-20出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
         諸川春樹監修   美術出版社 (1997-05-20出版)  



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