心地よく吹き渡る風に、モデルの白いドレスも、彼女の足元に咲く黄色い花たちも、そして流れる雲も、画面の中のすべてのものが一瞬たりとも静止することがありません。それを見上げるように描く画家は風の動きを追い求めながら、愛する家族を光の中で描く幸福感に満たされていたのではないでしょうか。緑色のパラソルを持ったモデルは妻のカミーユ、そのそばに立つのは8歳になったばかりの長男ジャンでした。
この作品は、76年の第2回印象派展に出品されたものですが、1860-70年代、クロード・モネ(1840-1926年)は戸外の人物像に取り組んでいました。そして、その主たるモデルを務めたのがカミーユだったのです。カミーユはモネの貧乏学生時代を支えた糟糠の妻でした。父親の援助が絶たれ、貧困の中で自殺を試みるほどだったモネの愛人として、1867年には家族に認められぬまま息子のジャンをもうけています。それが、クールベの仲介もあって、 1870年になってやっと正式な結婚にこぎ着けていますから、この作品のモデルとなったころには、ようやく訪れた幸せに安らぎを得、経済的にも安定した生活を送っていたに違いありません。
しかし、画面の中のカミーユの表情はとても微妙です。ふんわりとかかったヴェールが顔を隠す形になっているためか、彼女は不思議と悲しげにさえ見えます。そして、傍らのジャンもまた、母の波動を受けたかのように草むらに立ち尽くし、もしかすると画家の幸福感とは別の思いに、二人はとらわれているようにさえ感じられるのです。カミーユはこの作品から4年後、長患いの末、パリからずっと離れたベトゥーユの家で息を引き取ります。そんな彼女のはかなさが、はからずもモネ自身によって描き出されてしまったのかもしれません。
親友のルノワールにパンを差し入れてもらわねばならなかったほど、貧困にあえいだ時期もありました。しかし、モネの画面にそうした生活苦を見ることはありません。明るい日射しの中でくつろぐ人々、木漏れ日の下のピクニック、そして風の中のカミーユとジャン…..、それらは彼の世界のすべてを祝福し、喜びと光に満ちあふれるばかりです。それこそがモネが生涯愛し、追い求め続けた画境だったのでしょう。
ひとときも止まることのない自然の変化の中で、この幸福なひとときにも足早に雲は流れ、大気も変化し続けています。きびきびと絵筆を動かし続けるモネの手元にも、緑や黄や白の光が夢のように降り注いでいたことでしょう。
★★★★★★★
ワシントン、 ナショナル・ギャラリー 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎印象派
アンリ‐アレクシス・バーシュ著、桑名麻理訳 講談社 (1995-10-20出版)
◎印象派美術館
島田紀夫著 小学館 (2004-12出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)
◎西洋絵画史who’s who
美術出版社 (1996-05出版)