少女たちの清らかな歌声が心に響くこの作品は、1941年(昭和16)に描かれています。
今となっては想像もつきませんが、対英米宣戦が布告された年でもあり、街に軍歌が流れる国威高揚の雰囲気とは裏腹に、人々の心は重苦しく、不安な時代だったであろうと思います。
そんな時に描かれた「斉唱」は、鑑賞する人々にとって、一筋の希望となったのではないでしょうか。絵の中の少女たちが歌っているのは軍歌などではなく、シューベルトのセレナーデのような、心なごむものであることは一目瞭然でした。敬虔なクリスチャンの家庭で育った小磯良平は、真に平和を願う人だったのです。
ですから、不本意な従軍画家としての制作を経験した後、祈るように、この絵を描き上げたのではないかと想像できるのです。
この絵の構想は、ルネサンスの彫刻家ルーカ・デルラ・ロッビアのレリーフにある群像から得ているそうですが、黒い服の少女たちの襟と楽譜の白さが清潔で、若さの中に不思議な威厳が感じられます。
そして、この少女たちのモデルが、実は二人だけであり、小磯画伯が何枚ものデッサンをうまく組み合わせて描いているのだと知って、これは写生ではなく、画家の心の発露なのだと実感しました。
小磯良平は、自ら使う色を指して「地味な色彩」と言ったそうです。
それは、もしかすると、白をはじめとした静かな色彩・・・という意味かも知れません。しかし、小磯良平の絵は、いつも清らかな光に満たされて、地味・・・という印象を持つ人は少ないと思います。
実は、画家自身が、描いた絵に高価な値段がついていくことに戸惑い、好きな絵を描きながら慎ましく静かに生きたい、と願っていたからこそ、そうした言葉が自然に出たのかも知れません。
それにしても、少女たちが裸足なのは何故だろう・・・と、いつも不思議に思います。
それは、彼女たちが「聖なる場所」に立っているからであり、クリスチャンだった画家の、まさに祈りにも似た思いがこめられた表現なのかも知れません。
でも、もしかすると、黒い靴だと全体が重くなるし、白いソックスだと明るくなりすぎて、「地味な色彩」という彼自身のポリシーに反すると考えたのかも知れない…などと、勝手な解釈をしてみたりもするのです。
★★★★★★★
兵庫県立近代美術館蔵