• ごあいさつ
  • What's New
  • 私の好きな絵
  • 私の好きな美術館
  • 全国の美術館への旅

「春」

コズメ・トゥーラ (1460年ころ)

ジャンプ

ここをクリックすると、作品のある
「Web Gallery of Art」のページにリンクします。

 現実離れした空想の世界…..「春」の擬人像が鎮座する玉座もまた、幻想的で怪奇な魅力に満ちて、戸惑う私たちを否応なく引き込んでしまいます。目玉に宝石をはめ込んだ、ロボットのように硬質なイルカのモティーフに囲まれた「春」は、腫れぼったい顔と不思議に扁平な頭頂部を持つ女性像で表現されており、見た感じ、決して幸福そうな表情はしていません。一つ間違えばグロテスクな印象にもなってしまいそうなところを、その直前でとどめたセンスが北イタリア、フェラーラ派最初の大芸術家トゥーラらしい表現です。

 人の好みは千差万別….しかし、15~16世紀イタリアの宮廷を中心とした装飾美術の数々には、不気味ささえ感じさせるほどの華麗さと幻想性が満ちています。こうしたマニエリスム装飾の数々は、すべて君主の趣味および芸術家本人の想像力と夢の結晶であり、現実感のない知的な虚構性が、また非常に魅力的でもあり、一度その世界に酔ってしまうと、なかなか戻って来られない吸引力を感じさせます。
 北イタリアのフェラーラを支配していたエステ家の宮廷画家として活躍したトゥーラは、鎧や棺、銀細工などのデザインも手がけ、多方面に活躍した芸術家でした。それを考えたとき、この彫刻的な様式は、いかにもそんな彼らしい造形的魅力にあふれています。
 トゥーラはマンテーニャの影響を強く受けながら、たまたまフェラーラを訪れていたピエロ・デラ・フランチェスカファン・デル・ウェイデンらのモニュメンタルで感受性豊かな芸術も巧みに消化しつつ、宮廷好みの洗練を加えて非常に独特なスタイルを生み出しました。しかし、彼の描くものには、どこか宮廷的な優美さをまた一つ超えた、悲壮感にも似た諦念が感じられます。そんな強烈な内面感情の屈折は、やはり誰に学んだものでもない、トゥーラ独自の豊かな想像力の産物だったに違いありません。

 『春』の寓意像は、先端が鋭く尖った金属的な形態を画面に盛り込んだ、比較的初期の作品です。しかし、この、よじれるような画面効果と衣装の襞に見られるみごとな写実、そして興奮に似たエネルギーは斬新で、すでに20世紀の表現主義に先駆するものを感じさせるのです。 

★★★★★★★
ロンドン、 ナショナルギャラリー 蔵



page top