光の当たる本棚です。なんと美しい、多くのものを語りかけてくる書物たちでしょうか。二つの棚が音楽に関する古びた書籍と楽譜でいっぱいになっています。それも、整然と並んではいません。あわてて引っ張り出され、大急ぎで再び押し込まれ、ある楽譜は本と本の間にクシャッとはさまれ、それぞれがそれぞれの表情で、生き生きとその存在を主張しているのです。この作品は、18世紀イタリアの静物画の、ひとつの到達点であると言われています。
作者のジュゼッペ・マリア・クレスピ(1665-1747年)は、ボローニャ生まれの画家です。諷刺的性格をもった風俗画を専門に描きましたが、それらは決して卑俗に堕するものではありませんでした。彼の風俗画には、いつも神を思わせる光が宿っています。その秘密は、暗い背景に輝かしい色彩を用いた強烈な明暗法の効果と、時には写真を思わせるほどの超自然的な繊細さにあるのです。
クレスピの作品を見るとき、鑑賞者は皆、どのように貧しく恵まれない境遇にあったとしても、神の光は平等に人々を照らすものなのだと実感することができます。それが、質素で日常的な場面こそ神秘性をもって描いたクレスピが「後期ボローニャ派におけるただ一人の真の天才」と言われた所以なのかも知れません。
この作品は、ボローニャの著名な音楽学者であったジョヴァンニ・バッティスタ・マルティーニに依頼されたものであろうと言われています。音楽評論家としてヨーロッパ中で尊敬されていたマルティーニの本棚が実際にこのようであったかどうかは分かりませんが、生命を持たないはずの書物がこれほどに豊かな表情を持つものとは、おそらく当時の誰もが気づくことはなかったのではないでしょうか。
★★★★★★★
ボローニャ マルティーニ音楽学校 市立音楽資料図書館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎新西洋美術史
千足伸行監修 西村書店 (1999-11-01出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ著、宮下規久朗訳 (日本経済新聞社 2001/02出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)