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「書物の聖母」

ヴィンチェンツォ・フォッパ (1560-68年)

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 窓のような枠取りの中にたたずむ物憂げな聖母の顔立ちは、ふと日本人画家の描くイコンを思わせます。繊細な明暗法で描かれた顔貌表現は、フォッパならではのメランコリックな雰囲気を際立たせるものです。そして、ここには控え目ながら、聖母子の情愛が優しくひっそりと息づいているのです。

 ヴィンチェンツォ・フォッパ(1472/30-1515/16年)は、レオナルド・ダ・ヴィンチの出現まで、ロンバルディアとミラノ絵画界の指導者であり、最も重要な画家であったと言われています。未だ国際ゴシック様式に支配されていたミラノで、フォッパはいち早く遠近法を理解し、大気を表す色彩や光への興味を示す作品を制作していました。また彼は、15世紀北イタリアの巨匠マンテーニャと同じ工房の出身です。マンテーニャの影響は、フォッパの作品に確かな光を与えるものとなっています。
 この『書物の聖母』は38×30cmの小さな画面ながら、フォッパの繊細さが遺憾なく発揮された一作です。そしてまた、年若い画家が幼いイエスにローマ風の薄い肌着を着けさせ、幾何学的な枠組みにはローマ文字をあしらうなど、同年代のマンテーニャからの影響を十分に意識しつつ、意欲的に実験的試みをしていることに興味をひかれます。熱心な考古学の研究家であり、古代芸術に匹敵する表現を飽くことなく追究した天才マンテーニャに、フォッパはどのような意識を持っていたのでしょうか。ゴンザーガ家の宮廷画家としてマントヴァに招かれ、次々に早熟な才能を発揮し、巨匠ヤコポ・ベッリーニに見込まれてその娘を妻に迎え、イタリア絵画全体に大きな影響を及ぼしていったマンテーニャは同世代のフォッパにとって目標であり、憧れであったかも知れません。
 しかし、マンテーニャの様式を巧みに借用しながらも、優美さと現実性が融合されたフォッパの絵画はとても親密で、彼ならではの魅力にあふれています。この作品に見られる抑制された感情表現、身振り、褪せた色調、繊細な筆運びは北西ロンバルディア地方のフォッパだからこその独特の雰囲気です。そして、灰色がかった銀色で描かれた素肌は現実の日常生活、人間表現に対する画家の絶え間ない観察眼を感じさせ、彼の写実表現はやがてルネサンスのみならずカラヴァッジオの時代、さらに19世紀末の社会的な写実主義の重要な基礎となっていくのです。

 ところで、ルネサンス絵画において、書物はしばしば重要な付属物として描かれてきました。ここで聖母の読んでいる書物は、旧約聖書外典の『ソロモンの知恵』とされており、聖母が「知恵の聖母」であることを示しているのです。すでに賢い表情を見せる幼な子に、母なるマリアは読み聞かせをしているのでしょうか。そのメランコリックな表情は、あまりにも早熟な我が子の行く末を思うが故の、本当に自然な母心を表現しているのかも知れません。

★★★★★★★
ミラノ、 スフォルツァ城市立美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
        佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)



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