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「最後の審判」

ハンス・メムリンク (1467-71年)

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  <この祭壇画を実際に開いたときの状態>

 左翼に天国、右翼に地獄を従えて、中央には典型的な審判図が展開されています。キリストの再臨とともに、この時、死者たちもこぞって蘇生し、生きている者たちと共に最終的な審判を受け、天国と地獄に振り分けられるのです。

 画面中央上部に配されたキリストは、審判者としての威厳に満ちて、虹のアーチに腰掛け、手のひらを外に向けて自らの傷を示しています。そして、キリストの顔の左右には、剣と百合の花が描かれ、罪人と罪なき人を象徴しているのです。
 キリストの両側には使徒たちが座しています。聖母は静かに手を合わせ、彼女の反対側に跪いているのは洗礼者ヨハネです。そして、天使が舞い、それぞれの役割を果たしているのですが、トランペットを吹き鳴らしている天使たちは、「マタイ福音書」にある
「大いなる喇叭の音とともに御使たちをつかわして、四方からその選民を呼び集めるであろう」
の記述によるものなのです。
 その下方には、甲冑に身を固めた大天使ミカエルが、天秤を持って魂の計量をしています。それぞれの天秤皿には小さな裸体の人物が乗っているのですが、彼らは人間の魂そのものです。向かって左側の皿に乗って跪いているのは、メディチ銀行のブリュージュ店支配人だったトンマーゾ・ポルティナーリの肖像であると言われています。彼は芸術家を庇護するパトロンとして、フランドルに住むイタリア商人の中でも、特に有名な人物でした。

 ところで、この作品の驚嘆すべき描写は、まさに鏡像にあります。初期ネーデルラントの画家たちは鏡の表現を好みましたが、特にメムリンクは、鏡のイメージを追求した画家だったのです。すぐにそれとは気がつきませんが、よく見ると、キリストの足元の球体に、右側に洗礼者ヨハネ、左側に聖母マリアと虹、そしてキリスト自身の衣の色までがくっきりと映っています。そして、有翼の大天使ミカエルの甲冑の腹部には、この画面ではいま一つ定かではありませんが、実は祭壇画左翼の天国の門までも映っているのです。ここで、中央画と左翼に関わりが生まれ、祭壇画そのものも、命をもって動き出すのです。

  ところで、この作品の寄進者は、ブリュージュにおけるメディチ家代理人ヤコポ・ターニという人物でした。ところが、作品が船でフィレンツェに運ばれる途中、当時のハンザ都市ダンツィヒ(今のグダニスク)の艦隊に略奪されて、グダニスクの聖母聖堂の聖ゲオルギウス会に寄贈されたという曰く付きの祭壇画なのです。

 15世紀の国際都市ブリュージュは、優れた画家が集まっていました。メムリンク(1430/40-94年)もドイツ出身の画家です。35歳くらいのときにブリュージュで石工組合の会員になり、そこで生涯を過ごしました。しかし、彼の作品にはドイツ的な雰囲気はありません。むしろ、ファン・デル・ウェイデンやファン・エイクの影響を受けた美しい作品をたくさん残しています。
 メムリンクは、おそらく非常に大きな工房を抱えていたのでしょう。彼の手になる作品は厖大な数にのぼり、作品を年代順に並べるのが難しいほどです。それは、様式が生涯にわたって殆ど変わらなかったことにも大きな原因があります。メムリンクは、決して劇的な表現の似合う画家ではありませんでした。いつも作品には静謐で、抑制された調和が感じられます。それがかえって、彼の想像力、創造力の欠如とも見られていました。
 しかし、ここで審判を受けたり、地獄の業火に焼かれている人間たちや悪魔から受ける印象は、決して恐ろしいものでも、おどろおどろしいものでもありません。どこか作り物のように現実感が無く、軽々としたお人形のようです。私たちが審判図を見る時のある種の緊張感を、メムリンクという画家が救ってくれていると言えそうな気もします。

★★★★★★★
グダニスク(ポーランド)、 ポモルスキ美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎ 世界美術史
        メアリー・ホリングスワース著  中央公論社 (1994-05-25出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



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