この甘く美しく、そして、どこか奇妙なフレスコ画は、愛と豊穣の女神ヴィーナスが支配する世界です。背後に立つ3人の美女は、三美神といってヴィーナスの侍女であり、多産を示すウサギも女神を暗示します。リュートや笛といった楽器は愛を演出する大切な道具であり、美しく着飾って愛を語らう男女はルネサンスの華やかな宮廷生活を具現化した人々のようです。
この作品は、フェッラーラのパラッツォ・スキファノイア(無憂宮)の「月暦の間」に施された装飾画の一部です。ルネサンスで最も奇妙で忘れ難いこの壁画は、12面の月暦図で構成されています。占星術に基づいて企画され、それぞれが3段に分けられており、各月を支配する神々、星座とデカノ(星座の聖霊)、そしてその月の宮廷生活が描き出されているというわけです。
現在では、12面の壁画のうち、3月から9月までの7面と若干の断片が残るのみですが、作者については、「3月」とこの「4月」、「5月」の3面がコッサ作と認定されています。
作者のフランチェスコ・デル・コッサ(1436ごろ-77/78年)は、15世紀フェッラーラ派の画家です。フェッラーラ派とは、フェッラーラ公国(現イタリア、フェッラーラ)で全盛をきわめた画家たちの集団です。鋭い描写、刺激的な色彩、壮大で、やや異様な印象の構図が特徴でした。
同派の中でコッサは、トゥーラ、ロベルティと並ぶ三大巨匠の一人であり、モニュメンタルな人物像にはピエロ・デッラ・フランチェスカやマンテーニャの影響が見てとれると言われています。他のフェッラーラ派の画家が立体的な人物像で見る者を圧倒したのに対し、彼の持つ古典的造形感覚は、硬さのとれた快活で生き生きとした表現を可能にしています。そのあたりに、コッサの不思議な甘やかさの秘密が隠されているようです。人物における活力は、背景の細部描写にも感じられます。
ところで、コッサは、このパラッツォ・スキファノイアの仕事での報酬に不満だったようです。1470年ごろにはフェッラーラを去り、ボローニャに移り住みました。そして、さらに優れた祭壇画を制作しています。
★★★★★★★
フェッラーラ、 パラッツォ・スキファノイア「月暦の間」 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社(1989-06出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001-02出版)
◎ルネサンス美術館
石鍋真澄著 小学館(2008-07 出版)