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「朝食」

ポール・シニャック (1886-87年)

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 豪華な食器が趣味よく並んだ食卓に話し声はなく、三人の人物の時間は永遠に止まってしまったようです。しかし、画面にはどこか倦怠感が漂い、当時のブルジョワ家庭の日常と孤独が伝わってくるようでもあります。この作品は、新印象派の画家ポール・シニャック(1863-1935年)の、人物画の代表作なのです。
 シニャックは最初、モネの影響を受けて印象主義的な静物画やパリ近郊の風景を描いていました。しかし、1884年のアンデパンダン展でスーラと出会ったことによって、その絵画の方法と理論に魅了されたのです。新印象主義とは、印象主義を乗り越えようとする動きだったと言えます。それは、印象派の画家たちが直感的に行なっていた配色を、理論的に確立させたものだったからです。
 スーラの絵画は、画面に小さな色点を併置する点描法によって視覚を混合させることを特色としたもので、筆触分割と呼ばれています。シニャックは、その厳格な分割主義を実践し、師であるスーラが早生したのちはピサロやその息子のリュシアンらとともに新印象主義を受け継いだのです。どちらかといえば、スーラは寡黙な秘密主義者でしたから、明るく社交的なシニャックが本格的に点描主義を広めたと言ってもいいのかもしれません。1898年には『ウージェーヌ・ドラクロワから新印象主義まで』を著し、新印象主義の擁護者として活躍しました。ただ、残念なことに、この点描法は大変に根気のいる煩雑な作業でもあったため、長続きする画家は少なかったのです。
 ところで、この作品のインスピレーションのもととなったのが、印象派の重要な画家の一人、カイユボット「昼食」であると言われています。これはカイユボット自身の家の食卓を描いたものでしたが、シニャックの作品もまた、画家自身の家族がモデルとなっています。逆光の中で、ティーカップを口に運ぶ女性がシニャックの母、右側の初老の男性は祖父であると言われていますが、二人の無表情でお互いに無関心な様子はカイユボットの「昼食」と非常によく似ています。「昼食」では、手前で一心に肉を切っているのが画家の弟なのですが、近代の裕福な家族の一面を切り取った雰囲気が、その構図や画面構成以上に、余りにも共通しているように感じられるのです。
 こうした視点は、二人の生い立ちが似ていることからきているかもしれません。カイユボットは大ブルジョワ家庭の出身でしたし、シニャックもまた富裕な馬具商人の家に生まれ、生活を気にせず自由に絵を描ける境遇にありました。だからこそ、親密なはずの家庭生活の中に、近代の都市社会がもたらす微妙な孤独感を感知し得ていたのかもしれません。シニャックは人物画では、こうしたブルジョワの生活を好んで描いています。
 それにしても、シニャックの名は常にスーラの陰に隠れ、決して前面に出ることはありませんでした。どちらかというと彼の功績は、スーラの教えを広め、 20世紀絵画に貢献したことにあったかもしれません。しかし、このたくさんの色点を散りばめた静かで美しい画面を見るとき、シニャックの本当の力量が実感されます。横向きのメイドの姿からはスーラの「グランドジャット島の日曜日の午後」を想起させられますが、男性の姿はどこかユーモラスで、彼の前に置かれたデカンタと彼の体型が呼応しているかのようです。整然とした画面の中で、画家は少しだけ遊んでみたのかもしれません。
 シニャックはこの後、1900年以降には、もっと大きめの方形の点描でモザイク風の装飾的な画面を描くようになっていきます。そんな発展途上にあった画家の、師の色彩理論を忠実に実行した、大切な時期の代表作なのです。

★★★★★★★
オッテルロー、 クレラー=ミュラー美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎印象派
       アンリ‐アレクシス・バーシュ著、桑名麻理訳  講談社 (1995-10-20出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎印象派美術館
       島田紀夫監修  小学館 (2004-12出版)
  ◎西洋美術史
       高階秀爾監修  美術出版社 (2002-12-10出版)
  ◎西洋絵画史who’s who
       美術出版社 (1996-05出版)



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