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「木苺パイのある軽食のテーブル」

ウィレム・クラース・ヘーダ  (1631年)

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 密やかで端正な光に満たされた、美しい画面です。この宝物のような静物画のなかで、作者が真に描きたかったものは、光….。ここに描かれた物たちのすべての面が、光を吸収し、透過し、反射する。その様子をヘーダは、全身を目にして観察したに違いありません。
 そして、その対象となる物たちも、画家によって入念に選ばれ、形、色、素材がそれぞれ微妙に異なり、光の及ぼす効果も少しずつ違い….。そうしたことを考慮して、配置も非常に注意深く、完璧になされています。
 木苺のパイは切り分けられて、食べかけのまま銀の皿の上に放置され、ゴブレットの一つは割れ、そして銀器が倒れて…。ここまで見てきて、ふと鑑賞者は、この幸せに満ちているはずの食卓風景が中断されたのは何故なのだろう、と考え始めます。しかし、全体のバランスがあまりにも優雅なので、もしかするとせっぱ詰まった情景なのかも知れないと思いながらも、現実的な筋書きを思い浮かべることができません。すべてがこのまま、光もこのままで、永遠に時が止まってしまったようです。
 17世紀中葉のオランダの画家たちは、自分たちの身近な主題である風景、海景、建築、静物、日常生活のなかのひとこまを描いた風俗画など、いずれかの専門分野を持つようになります。そこには、オランダ市民階級の現実的な生活感覚がありました。そんななかで静物画は、その主題も次第に多岐にわたっていきました。果物や花などのお馴染みのものから、銀食器、陶磁器、料理、お菓子、狩りの獲物、獲れたての魚、野菜、文房具など…..それは広範な対象を描くようになるのです。
 しかし、当時の静物画は、対象となる物たちの美しさを描くだけのものではなくなっていました。そこにはさまざまな寓意がこめられており、その代表的なものとされていたのが「ヴァニタス(vanitas)」で、ラテン語で「はかなさ」を意味しました。当時の静物画には、腐った果物や髑髏、それに時計などが描き込まれることが多かったのですが、これはまさに富や名声など、この世の営みのはかなさを象徴するものだったのです。
 この作品でも、画家は画面の右端に懐中時計をさりげなく描き込んでいますが、これも「ヴァニタス」を表現する小道具といえるのでしょう。しかし、画面の中に描き込まれた食器類の豪華さには変わりなく、パイの外側の、ややモチモチとした質感、スプーンの先にかすかに残った粉砂糖のきらめき、銀器やガラス器の輝きを、深緑を基調にした静謐な画面にまとめたヘーダの卓抜した技量のほうに、やはり目を奪われてしまうのです。
 ヘーダは、オランダにおける「朝食画」、静物画の最も重要な、代表的な画家でした。ヘーダの特徴は、その好みの貴族的なところにあったかも知れません。彼は描く対象として、ハム、パイ、牡蠣などを好み、魚などは描かなかったようです。ですから、この作品に描き込まれた木苺のパイの巧みな描写は、まさにヘーダの技量の見せ所だったことでしょう。思わず、残すのは勿体ないから…と、手を伸ばしてしまいたくなるのが、パイ好きの悲しいところではあります。 

★★★★★★★
ドレスデン国立絵画館 蔵



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