肩の大きく開いたバラ色のドレスに扇子を持ち、ドレス以上に頬を染めて微笑む女性からは、貴婦人の持つ貫禄が漂います。しかし、髪やドレスの肩にちょこんと飾った花の可憐さが、彼女の若さを引き立ててもいるようです。
パリの街を代表するオペラ座が旧オペラ座にかわってオープンしたのは1875年のことで、ちょうど印象派グループがその名を世に知られ始めたころでした。シャルル・ガルニエの設計によるこの壮麗な建物は、ただオペラを鑑賞するにとどまらない社交の場であったことは知られています。その証拠に、上演ホールよりも外の休憩室や階段ホールに多くのスペースがさかれ、馬蹄形に並べられたバルコニーのボックス席も、観劇のためというより社交を繰り広げるのに都合のいい空間でした。
そうした桟敷席に座る女性たちは、観ると同時に見られる存在でもありました。この作品でも、笑顔の彼女にたくさんの視線が集まっていることが感じられます。それを十分に意識しているのかもしれません、くつろぎながらも彼女はポーズを崩すことのないよう、緊張感を保っています。
メアリ・カサット(1844-1926年)は、アメリカのペンシルヴェニア州の裕福な家庭に生まれました。天賦の画才、自立できる財力、強い自尊心を持った彼女は渡仏してパリの画塾で学び、24歳でパリのサロンに初入選を果たしています。しかし、それだけでは飽きたらず、イタリアやスペイン、オランダ、ベルギーにも滞在して巨匠たちの作品を深く学び直すという徹底ぶりで、その才能を磨いていきました。
そんなカサットがアカデミックな規範の絵画から離れたのは、ドガとの出会いがきっかけでした。彼女はドガの弟子となり、数回の印象派展に出品していますが、これは第4回展に初参加したときの、印象派デビューの記念すべき作品です。カサットの持つ軽やかなタッチ、温かい色彩は、口うるさい批評家たちからも絶賛され、彼女は一気に注目の女流画家となったのです。
しかし、実際のカサットは他の印象派の画家たちとは違って、風景画をほとんど手がけていません。師のドガの影響もあるのでしょうが、それよりもやはり彼女自身の特性として、卓越したデッサン力に基づく人物画を得意としていました。母親と子ども、午後のお茶に一息つく女性たちなど、日常の中の一こまを女性らしい視点で切り取った作品がカサットの持ち味だったのです。
また一方、カサットは、劇場を主題とした作品も数多く描いています。ここにも、踊り子の画家ドガの影響が大きく働いているのでしょう。ただ、カサットが描くのは、この作品のように、客席側の婦人たちです。ここでは、画家の姉のリディアがモデルとなっていますが、オペラ座の豪華な内装がシャンデリアの光を受けてきらきらときらめき、リディア自身をも輝かせています。背後の鏡に劇場の内部が映り込み、光と鏡の反射によって、目がくらむほどゴージャスな画面が実現されているのです。
★★★★★★★
パリ、 マルモッタン美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎印象派
アンリ‐アレクシス・バーシュ著、桑名麻理訳 講談社 (1995-10-20出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎印象派美術館
島田紀夫監修 小学館 (2004-12出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)
◎西洋絵画史who’s who
美術出版社 (1996-05出版)