手と足に穿たれた釘の跡も生々しく、すでに息絶えたキリストは、あたかも大理石で出来た彫像のようです。しかもマンテーニャは、キリストを足元から見た大胆な構図で描きました。15世紀において、他に比肩する者なき前縮法の技法を我がものとしていたマンテーニャならではのキリストです。ここにはまさに、二度と復活することなど考えることのできない「死せるキリスト」がいます。その死は重く、確かなものとして私たちの目と心に衝撃を与えます。
15世紀北イタリアの代表的画家マンテーニャ(1431-1506)の、この堅固で硬質な人物像の確立には、天才彫刻家ドナテッロの影響が大きかったと言われています。マンテーニャの画家としての最初の12年間はパドヴァでの制作でしたが、同時期、ドナテッロもこの地で活躍しており、個人的な接触もあったようです。まだ年若く柔軟な心を持ったマンテーニャの中に、彫刻的肉付け、モニュメンタルで雄弁な線というものが焼き付けられたのではないでしょうか。
そしてもう一つ、マンテーニャにとって大きかったことに、北イタリアという土地柄もあったと言われています。北イタリアには比較的、古代の遺物が豊かに残っており、考古学への興味からくる学者的感覚がマンテーニャの基本的な部分に育ったのは、とても自然な成り行きだったことでしょう。ルネサンス時代の人々にとって、古代は知識の宝庫でした。芸術家たちもまた、古代の彫刻や建築を造形の規範と考えていました。これには、フィレンツェにおける人文主義の広がりということがあり、この流れは北イタリアにも及んだのです。
マンテーニャもまた、古代の研究を作品に最大限に生かしました。彼の中では、人物のモデルよりもずっと、古代彫刻に完全な美を見出していたと言われています。マンテーニャの作品の背景に古代ローマの遺構が多く姿を見せるのも、彼のそんな興味からきたものなのです。石彫のような人物表現は、マンテーニャの特徴であるとともに、ルネサンス時代の大きな流れの中の大切なポイントでもあったのです。
人間的な苦しみからやっと解放され、今は穏やかな表情を取り戻した、石彫りのように生硬に描き出されたキリストの傍らで、聖母と聖ヨハネの嘆きの深さが痛々しく、胸に迫ります。老いた聖母の顔に刻まれた深い皺の精緻な表現もリアルで、布の襞の質感の繊細さとあいまって、この場の厳粛な雰囲気を伝えます。そして、マンテーニャの確かな画境が、揺るぎなくモニュメンタルなキリストの姿に投影されているのです。
★★★★★★★
ミラノ、 ブレラ美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎ヒューマニズムの芸術
ケネス・クラーク著 白水社 (1987-02-10出版)
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)