そのタイトル通り、母性にあふれた女性の、幸せそうな姿です。
赤の上着にブルーのスカートは、どこか「聖母子」を想わせる配色で、こんなところにも、ルノワール自身が母性の神秘性を描こうとしたことが実感されます。
ところで、本当に庶民的で微笑ましいこの聖母子は、画家の妻アリーヌ・シャルゴとその息子ピエールです。アリーヌの存在をひた隠しにしていたルノワールですが、画面のなかの二人の満ち足りた表情を見ると、彼自身は、本当に幸せだったに違いない、という気がします。翳りのないルノワールの作品の中でも、小品ではありますが、とてもお気に入りのテーマだったらしく、アリーヌがピエールに授乳している情景は、何度も習作で描かれています。
ピエールが生まれたのが1885年3月21日で、代父になったのはルノワールの友人の一人、カイユボットでした。なぜ代父などをたてたのかは分かりませんが、すでに44歳という年齢を迎えていたルノワールにとって、そうした私生活の変化は大きなのもだったらしく、内省と画風の変化の時期とも一致していたと言われています。
その一番大きなものは、浴女たちのシリーズであり、暗示的な風景の中での、ある意味では単純であり偉大な古典的テーマだったわけです。
しかし、このふくよかなアリーヌを見ていると、浴女よりもずっと古典的で永遠のテーマを、画家は自分のものにしているという気がします。
★★★★★★★
個人蔵