そうそう、これがクールベ!・・・と確信する一枚です。
奇をてらうことなく、真正面から海という存在そのものに立ち向かい、その荒波に感傷的な思い入れをしたりせず、客観的な視線で描ききっています。もくもくと湧き出る雲も白い波頭も、ひたすら再現することに努めようとした態度には感動をおぼえます。
そして、その結果、海という存在と同一の、堅牢な精神を持った画家自身の姿が浮かび上がってくるのです。
「画家とは、見る人間である」
と自ら述べているとおり、描く対象の個性を奪うことなく、あるがままを生き生きと描いたクールベならではの傑作の一つだと思います。
この年、ちょうど50歳のクールベはエトルタ島に滞在し、多数の海の絵を描いています。このうちの海景画2点は翌年のサロンに出品していますから、自分でも納得のいく充実した制作活動ができたのだと思われます。
また、この時期、栄光の絶頂にありながら、クールベはレジオン・ドヌール勲章を拒否しています。そして、その時の美術総監モーリス・リシャール宛の手紙の中で、画家は次のように書いているのです。
「私の市民としての見解は、本質的に君主制に従属するものである勲章を受けることに異議を申し立てるものです。名誉は称号やリボンにあるのではなく、行為と行為の動機にあるのです。私は自己の信条に忠実であることによって私の名誉を守るものです。もし私が自己の信条にそむくなら、この胸飾りをいただくために名誉を棄てたことになるでしょう。私は50歳です。そしてこれまで私はいつも自由に生きてきました。私の自由な生活を全うさせてください。私が死んだとき、人は私のことをこう語るべきでしょう-あの男はいかなる流派にも、いかなる学校にも、いかなるアカデミーにも、とりわけ、もしそれが自由の政体でないなら、いかなる政体にもかつて一度として属したことはなかったと。」
少々かっこ良すぎる気もしますが、これはクールベの正直な気持ちだったと思います。
無心な視線のもとで存在の充実感を描き、頭の中にあるものを表現しようなどというもくろみは持たず、素直に自然を再現することに徹した謙虚な姿勢が、クールベの絵画に、波の瞬間の表現に、高貴な永遠性を与えているのではないでしょうか。
★★★★★★★
パリ、オルセー美術館蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎ゴッホとモーパッサン―文学と絵画への旅
清水正和著 皆美社 (1993-03-31出版)
◎新潮美術文庫 ク-ルベ
新潮社 (1975-09出版)
◎群衆の中の芸術家―ボードレールと十九世紀フランス絵画
阿部良雄著 中央公論社 (1991-04-10出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)