若い母親が幼い我が子を膝にのせ、湯浴みをさせています。洗面器のお湯が光の中で揺れて、こぼさないように…と少し緊張しながら…。二人の間にはどんな会話が交わされているのでしょう。母親の声がちょうど少女の耳に届きやすいように、カサットは二人の親密な優しい情景を的確な筆致で伸びやかに描写しています。
メアリ・カサットは生涯独身でしたが、こうした母性的な作品が多く、それは1890年ごろに円熟の域に達していました。ごく日常的な女性の姿や母子像は本当に抒情的でふくよかさと優しさにあふれ、見る側の私たちはいつの間にか彼女の描く世界に引き込まれて、心から安らいでしまうのです。
カサットは、少女時代をフランスとドイツで過ごしました。ペンシルベニア美術アカデミーを卒業後パリに渡り、1877年に印象主義者たちの活動に加わっています。それは、敬愛してやまないドガの誘いを受けたためであり、印象派の画家たちは、彼女をすぐに仲間として受け入れたのです。銀行家の父を持つカサットは、当時、女性の職業としては好ましくないと思われていたこともあり、画家になることに関しては家族から反対を受けていました。それでも、芸術家の道を歩むことができたのは、ひとえに彼女が独り立ちして描いてゆくことができるほどに裕福な身の上だったということが言えるでしょう。そうした事情は、やはり印象派に加わっていたベルト・モリゾも同じでした。
また、印象派の熱心な擁護者でもあったカサットは、富裕な個人コレクターたちとの社交的なつながりを通し、アメリカの大富豪たちに、ドガ、モネ、シスレー、ピサロなどの作品を購入するよう、精一杯の勧誘もしています。そういう意味で、彼女は印象派の大いなる恩人でもあったのです。
この作品は、そんなカサットの持ち味を十分に生かした、彼女らしさの漂う温かく美しい作品です。彼女が日本の浮世絵にひかれて、研究していたことは知られていますが、この斜め上からの視点は、おそらくそのあたりの影響を受けているものと思われ、また、平坦な構図はドガやマネに負うところが大きいかと思われます。そして、彼女自身の持つ、美しくセンスの良い色彩表現も相まって、個性豊かに洗練された画面が実現したのです。 カサットの作品が穏やかな安らぎに満ちているわりには、意外とその形態や構図が単純であることには少々驚きを感じます。このスッパリとした簡潔さが、作品をより香り豊かにしてくれていることにもまた、彼女の技量の確かさを実感させられるのです。
★★★★★★★
シカゴ美術研究所(ロバート・A・ウォーラー・コレクション) 蔵