霊的な生命感にあふれた樹です。クリスタル・グラスのカット面のような背景にぴったりとはまり込んで、四方に枝を伸ばしながら、天へ、宇宙へと限りなく、その手を広げていくようです。
ピエト・モンドリアン(1872-1944年)といえば、私たちはまず、水平線・垂直線がきっちりと直交する、原色遣いの幾何学的抽象絵画を思い浮かべます。しかし、そうした抽象様式を確立する以前、自然主義絵画、印象派風絵画を描いていた時期があったのです。そして樹は、彼にとって非常に重要なモティーフの一つでした。大気に枝を張る樹木は、モンドリアンを魅了してやまなかったようです。
やがて、モンドリアンの画風が変化したのはキュビスムとの出会いからでした。そのため、オランダで生まれ育ったモンドリアンはパリに移り住み、そこでじっくりとキュビスムを消化していったのです。その過程は、樹木の連作の充実ぶりに、はっきりとうかがうことができます。神秘主義者でもあったモンドリアンは、独特な生命感情を持っていたのだと思います。彼ならではの幾何学的抽象に到達する過程で無数に描かれた樹木のデッサンや油彩は、大気や背景に過剰なほどに絡み合い、緊張感と霊気に満たされたものだったのです。
全ての葉が落ちた冬枯れのリンゴの樹は、その背後に広がる宇宙をも包括し、大きく複雑に枝を伸ばし、画家の感情そのままに限りない生命を謳い続けているようです。
★★★★★★★
ハーグ市立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎現代絵画の社会学と美学―時代の画像
アーノルト・ゲーレン著、池井望訳 (京都)世界思想社 (2004-07-10出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)