母の膝に抱かれ虚空に目をやる子供は、ほとんど放心状態のように見えます。おかゆが入っていると思われる陶器のボウルは手つかずのままで、この子の容体がかなり良くないことを思わせます。案じるように覗き込む母親はまだ年若く、心配と悲しみで胸ふさがれているのが伝わり、観賞する私たちの心もシン…..と静まっていくようです。
作者のガブリエル・メツー(1629-67年)は、その決して長くない人生の中で、フェルメールにも匹敵する特別な雰囲気を持った作品を数多く制作しています。その中でも、この「病気の子供」は、評価の高い一作です。
メツーは初め、風俗画家として名高いヘーラルト・ダウに師事していたとされています。そのため、初期の作風はダウの影響を感じさせる親しみ深いものでした。しかし、メツーの柔軟な才能は、多くの巨匠に学んでいきます。1655年にレイデンからアムステルダムに移住すると、レンブラントの明暗法や暖かい色彩を採り入れます。さらに、フェルメールをはじめとしてデ・ホーホやテルボルフ、ステーンらの描く室内画に深く傾倒していきます。
ただ、メツーのみごとさは、どんなに他の画家たちから学んでも、彼ならではのバランスのよい構図、やさしく抑えた色彩、人物への内的アプローチなど、メツー独自の世界観を確立していったことでした。
当時も今も、病気の子供が描かれることは稀です。富裕層の人々は、子供を美しく着飾らせ、健康的に可愛らしく描かれることを望みました。それを敢えて、苦しむ子供に対する大人の愛情を描いたこの作品は、あまりに慎み深く印象的です。子供の死亡率が高かった当時も今も、親の愛が普遍であることを私たちに伝えてくれる一作です。
ところで、この作品には、印象深い二つの物が壁に掛けられています。
地図は、当時の絵画にしばしば見られる小道具でしたが、メツーはその上部に小さく署名をしています。私たちは通常、「Metsu」と書きますが、スペルが自由だった時代のメツーは「Metsue」と綴っています。
17世紀オランダは、地図製作の中心地だったのです。世界を股に掛けて活動していた当時の商人たちにとって、地図は欠くべからざる実用品でした。そして、一般家庭の人々には、室内に掛けながら世界を眺め、楽しむものでもあったのです。
もう一つ、右側に掛けられた絵は、キリストの磔刑図です。画面が暗くて判別しにくいのですが、十字架の下に聖母と聖ヨハネが立つシンプルな構図です。家庭での礼拝のためのささやかな作品なのでしょう。しかし、これは、この家庭の品の良さ、意識の高さを思わせます。そして、母親と病気の子供の行く末を暗示するものでもありそうです。
しかし、この作品を見る私たちは、間もなく、この子の血色が戻り、母親に屈託のない笑顔を向け、傍らに置かれた縁なし帽子を被って歩き回れるようになることを願わずにはいられないのです。
★★★★★★★
アムステルダム、 国立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋名画の読み方〈1〉
パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳 (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎名画への旅〈14〉/17世紀〈4〉市民たちの画廊
高橋達史・尾崎彰宏他著 講談社 (1992-11-20出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)