これは、風景画を超えた幻想世界です。
おそらく、東山魁夷自身が姿を変えた白い馬、凍りついたような木々、それなのに少しも冷たくない、東山魁夷の心の中に蔵された風景です。
魁夷はこの絵について、「心の奥にある森は、誰も窺い知ることは出来ない」と書いています。魁夷独特の、白樺や山毛欅のある北国的な森ではあるのですが、やはりここは、東山魁夷自身の幻の森なのです。
魁夷は戦前、すでに画家として一通りの表現が出来上がっていたにもかかわらず、自分の芸術には何かが欠けているように感じていたと言います。そして、日本が戦争に突入し、召集され、一時は生きる望みも捨てるほどの思いをし、復員してからも母や弟を相次いで喪うなど、絶望のどん底にたたき込まれました。しかも、日展に落選してしまうという失意まで味わうことになるのです。
そんな時、たまたま千葉県の鹿野山に登る機会があって、その山頂から大自然の景観に触れ、自然に包み込まれるような感覚に深い感動をおぼえたと言います。魁夷は、大自然と自分とが、まったく同時にあるのだと痛感したのです。
その感動が、彼の画業への真の開眼のきっかけとなり、自然と一体となって在る画家への道を歩み始めたのではないでしょうか。
白い馬は立ち止まって少し首をかしげ、何かの気配をうかがっているように見えます。冬から早春へのかすかな変化を敏感に感じ取っているのかも知れません。
でも、春になったら白馬は消えてしまいそうです。あまりにも、すらりと美しい姿であり過ぎるから・・・。
★★★★★★★
長野県信濃美術館、東山魁夷館蔵