じっと目を閉じて、水の面に浮かぶ人物は、ルドンの夫人カミーユ・ファルトであると言われています。言われてみてはじめてモデルが女性であると気づくほど、シンプルな印象です。
静謐さの漂うこの作品は、ルドンのごく初期の油彩画であるとともに、彼の画歴の中でも、明るい色彩への転換点を示すものとして注目されています。ルドンと言えば、花や神話の世界を多く描き、その絵画的トーンの表現力を完成させていったことで有名ですが、それと同時に、内面の世界を描くことを大切にし続けた画家でした。
その一連の作品においてルドンが好んだテーマは目を閉じた人の顔であり、それは夢見る人、または瞑想の象徴だったのです。この「目を閉じて」のテーマは、まさしく瞑想そのもので、このように静かな境地に、ごく初期の油彩画から到達していたことを思うと、ルドンという人の心の深さ、芸術家としての真の資質に頭の下がる想いがします。
この瞑想というモチーフは、オルフェウスやオフィーリアのほか、さまざまな宗教的主題を扱った作品に、本当に繰り返し登場します。ルドンにとって、現実世界に目を閉ざした姿は、精神世界をのぞき込む自分自身の姿だったのでしょう。幼いときの孤独な環境が彼を、彼自身の言葉を借りれば「ありそうにないもので想像力を満たす必要」がある人間にしていったのだと実感します。
しかし、そうした孤独と内向的な心を癒やしてくれたのがカミーユ夫人だったことを思うと、この作品は、夫人への精一杯の感謝に満たされた贈り物なのかも知れません。
★★★★★★★
パリ、オルセー美術館蔵