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「真珠を量る女」

ヤン・フェルメール(1665年ごろ)

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 黄昏の穏やかな光はモデルの額や胸のあたりをやさしく照らし、一日の終わりの、まるで神の恵みのような一瞬を画面の中に閉じ込めます。真珠や金貨が並べられたテーブルの前で右手の天秤を見つめながら、女性は測るという厳密な作業とは程遠い、夢見るような時間を楽しんでいるようです。

 この作品は17世紀オランダを代表する画家フェルメールの、いかにもフェルメールらしい構図をもった美しい作品です。朝や昼間の光の中にたたずむ女性を描くことの多いフェルメールとしては、夕暮れ時の光は少し珍しいかもしれません。と言っても、真作が32~37枚と言われているフェルメールが、実は何枚の絵を制作しているのか定かではありませんから、そのあたりも、追いかけがいのある神秘的な画家と言えるのかもしれません。
 ヤン・フェルメール(1632-75年)は、オランダのデルフトに生まれ、裕福なカトリックの家庭の娘と結婚し、聖ルカ組合に登録して二度にわたって理事も経験している画家でした。当時はそれなりに名も知られ、活躍していたのですが、暮らしは決して楽ではなかったようです。多額の借金を残して、43歳の若さで没しています。
 フェルメールは、一般的に「風俗画家」と言われます。しかし、同時代の画家たちの作品と比べたとき、彼の世界が格別の魅力を備えていることに私たちは何とも驚かされます。ありふれた日常を描きながら、フェルメールの絵画には卑俗な現実を離れた静謐さが満ちています。時は止まり、奇跡のような永遠に支配されているのです。

 この作品の中で、女性は天秤のバランスに心を傾けていますが、その背後の画中画は、どうやらJ・ベルガンブの「最後の審判」のようです。言うまでもなく、生者と死者ともに神によって、天国と地獄に振り分けられるという壮大なキリスト教的世界を描いた一場面ですが、この中で、ちょうど絵の中央部分….女性の頭部に隠された箇所には大天使ミカエルがおり、死者の魂を秤にかけている姿が描かれているはずです。つまり、女性はミカエルに代わる存在なのです。
 では、女性は、大天使の代わりに何を測っているのでしょう。本来ならば、死んだ人間を秤にかけ、その魂の重いほうを正しい者とし、天国に送ることになっています。しかし、実は、この天秤には何も載っていません。そして、女性の穏やかで満ち足りた表情を見るとき、この天秤は彼女の心の均衡、平安を物語っていると解釈すべきなのかもしれません。彼女は、テーブルに置かれた金目のものに心を乱されることなく、真に価値あるものを、すでに知ってしまったのではないでしょうか。
 そんなふうに見たとき、この作品を寓意を秘めた宗教画と考えることもできそうに思います。しかし、女性から伝わる穏やかさと、やや大仰な「最後の審判」という組み合わせには、言葉にはしにくい違和感が残ります。フェルメールらしくない…という感じでしょうか。
 しかし、画中画を象徴的に用いることも多いフェルメールですから、この、今にも消え入りそうな光の中にこそ、この絵がふさわしいと感じていたのかもしれません。

★★★★★★★
ワシントン、ナショナル・ギャラリー蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎フェルメール―大いなる世界は小さき室内に宿る
       小林頼子編著  六耀社 (2000-04-19出版)
  ◎フェルメールの世界―17世紀オランダ風俗画家の軌跡
       小林頼子著  日本放送出版協会 (1999-10-30出版)
  ◎西洋美術史
       高階秀爾監修  美術出版社 (2002-12-10出版)
  ◎西洋絵画史who’s who
       美術出版社 (1996-05出版)



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