「着衣のマハ」

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　ゴヤと言えば、まずたいていの人が思い浮かべるのが、世界的に有名な二点の「マハ」だと思います。「裸のマハ」と「着衣のマハ」ですが、この魅惑的な女性のモデルが誰なのかはいまだに謎のままです。特定なモデルがいたのかどうかもハッキリしていなくて、ヴィーナス、マハ、マノーラ、ジプシー女・・・と、さまざまな愛称で呼ばれています。

　注文主は、美術品の収集家として有名だった宰相ゴドイであるらしく、「マハ」はその愛人だったアルバ侯爵夫人であるとかペピータという女性であるとか、さまざまに憶測されています。たしかに「マハ」の容貌はペピータという女性に似ていると言われていますから、おそらく彼女がモデルだと考えるのが妥当なセンではないでしょうか。
　ともあれ、ゴドイはベラスケスに劣らぬ当世風のヴィーナスを、お抱え画家であるゴヤに描かせ、たいへんな満足を得たに違いないと思われます。

　二点の「マハ」はほとんど同じポーズで描かれていますが、髪型やお化粧に関して言えば、まったく雰囲気が違います。
　まず最初に「裸のマハ」が描かれ、それを覆い隠す必要から、ゴドイは「着衣のマハ」を描かせたのだとの俗説もありますが、けっこう信憑性を感じさせる噂のように思います。「裸のマハ」とはポーズも顔つきも同じでありながら、まったく異次元の世界を見せてくれる「着衣のマハ」は、蠱惑的・・・という表現は当たらなくて、むしろ可愛らしく、優しささえ感じさせてくれます。
　けっこう、横たわっているわりには重労働だったろうと思われるポーズも、その全身の緊張感がこちらに伝わってきて、美しい女性像を鑑賞するというよりも、新体操の選手の最後のキメのポーズを見せられているような印象を持ってしまうのは私だけでしょうか。

　ともあれ、生涯どの流派に属することもなく、ベラスケス、レンブラントを敬愛し続けたゴヤは、聴覚と引き換えに得たのではないかとさえ思われるヴィジョンと判断力で、「着衣のマハ」を描きました。
　きれいなピンク色の飾帯をポイントに、流れるような大胆な筆触で描き込まれた彼女は、200年たった今でも、その神秘的な微笑で世界中の人々を魅了し続けています。

★★★★★★★
マドリード、プラド美術館蔵

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