謎めいた雰囲気の中で瞑想をしているような人物は、ちょっと世俗的ではありますが、キリストに似た風貌です。
ルドンはわりとひんぱんに、人物と花を組み合わせて描いていますが、この作品でもキリストに似た人物は花に埋もれて、ひっそりとたたずんでいます。本当にルドンらしい、独特な詩的幻想の世界です。
ルドンは苦行の人でした。幼年時代の大半を家族と引き離されて寂しい生活を送り、ごく内気な性格も手伝って、孤独な少年時代を過ごしています。
そんなルドンを救ったのが絵画であり、スタニスラス・ゴランというデッサンの師でした。そのゴランこそがロマン主義の原理を最初にルドンに吹き込んだ人物であり、ゴランの「作品は感情を正直に表現すべきであること、規則や習慣的な方法は信用してはならない」という信条が、その後のルドンの信念となっていったのだと思います。
自らの内面と想像力を、一貫して大切にし続けたルドンは、文学への造詣の深さもあいまって、知的で控えめな人柄であったと思われます。そんな彼が描いた花の中の人物は、もしかすると内省的なルドン自身なのかも知れません。
しかし、ルドン独特の、繊細で鮮やかな色彩の中の人物は、想像の世界を生きていても、現実世界を否定してはいません。むしろ、この「神秘」からは、人生に対する喜ばしい肯定が感じられます。明るく、やさしく、ひそやかなこの作品には、たくさんのメッセージが内包されているのではないでしょうか。
★★★★★★★
ワシントン、 フィリップスコレクション蔵