二人の少女が可愛い白い鳩を真ん中に、ひそやかに喜びを分かち合っています。左側の少女は賢そうな表情でじっとオリーブの葉を見つめ、右側の少女は暖かそうな鳩の胸に唇を寄せて、「いい子ね、よく戻って来たわね」と語りかけているようです。オリーヴの葉をくわえて戻って来た鳩は吉報と平和の象徴….そのことをよく知っている二人を、鳩はつぶらな瞳でじっと見つめているのです。
この場面は、「創世記」の第7章にある大洪水のシーンが典拠となっています。人間の邪悪さを見せつけられた神は、人類を滅ぼす決意をしますが、ただ一人「正しき者」であったノアだけは除くことにしました。神は、ノアに箱舟を造るように命じ、全種類の生き物を一つがいずつ乗船させるようにと指示します。「海からこんなに遠い谷間で舟を造るなんて」と人々に笑われながら、ノアは箱舟を完成させ、そしてそれから七日後、バケツをひっくり返したような大雨が降り始めます。それは、昼夜の別なく 40日間も続き、山々を覆い、雨水は150日間地上にあふれました。
そして水位が徐々に下がり始めてみると、箱舟はアララテ山に留まっていることがわかるのです。それから40日が過ぎ、地上で暮らせるか否かを知ろうとしたノアは、まず大鴉を放ちましたが、乾いた地上を探してただ飛び回るばかりでした。次に鳩を放ちますが、やはり戻って来てしまいます。しかし、さらに7日待ってもう一度鳩を放つと、今度はオリーヴの葉をくわえてもどって来ました。その時のシーンが、この作品に描かれた光景であると思われます。
水が引いて、新しい生命の息吹が地上に芽生え始めたことを、箱舟の中の人々ははっきりと知ります。二人の少女たちも、そのことを胸いっぱいに受け止めたことでしょう。そして、三度目に鳩を放つと、鳩はもう戻って来ませんでした。彼は、降り立つ場所を見つけたのです。水が完全に引いたことを知ったノアは、「これらのものが地の上に増え広がるように」家族と動物たちを連れて舟を出たのです。
ジョン・エヴァレット・ミレイは、11歳で史上最年少の画家としてロイヤル・アカデミー・スクールに入学し、あらゆる賞を獲得した天才的な画家でした。また、ラファエル前派の創立メンバーとなり、グループの理念に沿って歴史的、文学的主題を写実に基づく明るい色彩で細密に描き、50年代の前半まではいかにもラファエル前派的なロマン主義的作品を多く描きました。
しかし、ミレイのもう一つの顔として、とても優しい父親という一面があります。彼じしん、8人の子持ちであり、大の子供好きだったのです。だからこそと思うのですが、ミレイの描く子供たちのあどけなさ、清らかさには胸を打たれます。この二人の少女の親密な愛らしさにも、ミレイの温かくやさしい眼差しがいかんなく注がれているのがわかります。イギリス人画家最高の名声と富を手中にしたと言われるミレイですが、その華麗な経歴とは裏腹に、個人的な生活や家族を大切にする、良き家庭人としてのもう一つの顔が、この清らかな画面を生み出してくれたのではないでしょうか。そして私たちは、自らの子供時代、こんなふうにして仲の良い友と大切な時間を共有したことがあったと、ふと懐かしく思い起こしてしまうのです。
★★★★★★★
オクスフォード、 アシュモリアン美術館 蔵