キリスト教の「最後の審判」は、この世の終わりと神の御業の成就を意味するものです。このとき死者たちも蘇り、生前の行いと信仰によって天国と地獄に振り分けられるのです。
その地獄に落とされた「罪されし者たち」は、悪魔に髪をつかまれ、引きずられ、踏みつけられて、耐え難い苦しみに苛まれています。また、有翼の悪魔たちの背に乗せられてここまで運ばれて来る者も、振り落とされている者もいて、それは恐ろしい阿鼻叫喚の光景が繰り広げられているのです。中世における、大きく口を開けた地獄のイメージは、ルネサンス絵画の中にも見られますが、これは『ヨブ記』の中に登場する海獣(レヴィヤタン)に由来します。壁画の構成上の都合もありますが、シニョレッリの描く地獄も洞窟の中の出来事めいており、それは舞台上で演じられる物語の一場面のようでもあります。ですから、描かれたほどには悲惨さを感じさせないのも、明晰な画面構成を得意としたシニョレッリならでは…なのかも知れません。剣を手にして悪魔の所業を見守る大天使ミカエルたちも、美しいポーズを保つことに一番集中しているように見受けられます。
それにしても、この密集した人体で構成された画面は、どうしたことでしょう。ここには、画家の並々ならぬ人体表現への関心が示されているのです。作者のルカ・シニョレッリ(1445/50-1523年)は、近代的で表現力豊かなトスカーナ絵画から刺激を受けた画家でした。15世紀後半から16世紀の初頭にかけて中部イタリアで活躍し、ヴァザーリによれば、ピエロ・デラ・フランチェスカの弟子であったと言われています。しかしシニョレッリは、ピエロの空間を広々ととらえる手法ではなく、人物を彫刻のように表現する方法をとり入れ、ここから運動する人体表現への興味を発展させていったのです。多くの礼拝堂、修道院の壁画制作に携わりましたが、師であるピエロから受け継いだ遠近法やフィレンツェ的な確かな線描で、モニュメンタルで動的な画面、特に大規模な壁画を得意としました。
何と言っても彼の代表作は、「最後の審判」の諸場面からなるオルヴィエート大聖堂の壁画群であり、その中でも『地獄へ追いやられる罪されし者たち』は強い印象を残します。その人体の多様なポーズ、裸体像の描出は、ミケランジェロを別とすれば、他に類を見ないものと言っていいのではないでしょうか。人体の躍動感が、上方から射す光によって高められています。ただ、少々怪奇さを強調した点に不自然な可笑しみがあり、それだけに舞台劇めいた演出も感じさせるところがミケランジェロとは明らかに違うところと言えそうです。
★★★★★★★
シエナ、 オルヴィエート大聖堂、サン・ブリッツィオ礼拝堂 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎新約聖書
新共同訳 日本聖書協会
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎名画の見どころ読みどころ―朝日美術鑑賞講座〈1〉/15世紀ルネサンス絵画〈1〉
朝日新聞社 (1992-02-25出版)