陶器のように美しい肌の聖母マリア、生まれたばかりのポチャポチャッとしたキリストとは対照的に、羊飼いたちは黒く日焼けし、身なりも粗末です。彼らは、大天使ガブリエルによる救世主誕生の知らせを受け、幼な子に礼拝しようとやって来たのです。
羊飼いたちは生まれたばかりのイエスの周りで、それぞれの表情で喜びを表しています。帽子をとって厳かな表情で礼拝する者、仲間に向かってキリストを指し示す者、中には子羊を抱いている者もいます。彼らの贈り物は、羊飼いにふさわしい素朴なものです。しかし、それこそ神が最も喜ぶものでもあるのです。
さらに、額に手をやるヨセフが振り返る背景には、門をくぐって礼拝のためにやって来る東方三博士の一行と、空には、お告げの大天使の姿も見受けられるのです。
この、はるか遠方までがくっきりと見渡せる、空気遠近法を用いた精緻な画面を実現したドメニコ・ギルランダイオ(1449-1494年)は、15世紀後半のフィレンツェ絵画を代表する、忘れがたい画家の一人です。彼はフランドル絵画の自然主義描写を取り入れた、質感表現に秀でた絵画を得意としていました。
この作品も、フィレンツェにもたらされたヒューホ・ファン・デル・フースの「ポルティナーリ祭壇画」の影響が顕著であると言われています。ファン・デル・フースは、15世紀ネーデルラントの個性的な画家であり、やや異世界的とも言える画面が特徴的です。それでも、優しい目をした牛やロバ、人間的で率直な表現の羊飼いたちの姿など、確かにこの独創的な画家からの影響は強く感じられます。
しかし、フランドル絵画に迫る写実描写もさることながら、何といってもギルランダイオの持ち味は、この堅固な構成感覚かもしれません。前景、中景、後景にきっちりと分けられた画面は、鑑賞者の目を自然に遠くの山並みにまでいざないます。そして、その色彩の美しさにも、うっとりと酔わずにはいられないのです。
さらに、動物たちの顔の可愛らしさ、聖母の美しさは他の画家とは一線を画すものです。ギルランダイオには、女性の半身像を描いた素晴らしい作品もまた多いのです。やはり、美しい人を見るのは楽しいものですし、当時の多くの注文主もまたそうだったはずです。このあたり、金工家であった父親の影響が垣間見えるようです。
ギルランダイオは本名をドメニコ・ビゴルディといいましたが、通称の「ギルランダイオ」は「花輪づくり」の意味でした。彼の父が花輪のようなネックレスをつくったことから、そう呼ばれるようになったのです。幼いころから美しい装飾品をつくる父を誇りに思っていたギルランダイオは、美しさがどれほど人を幸福にするかも知っていたに違いありません。
ところで、この作品のあるサンタ・トリニタ聖堂は、11世紀にジョヴァンニ・グアルベルトというフィレンツェ貴族が創設した、ヴァッロンブローサ修道会の聖堂です。ゴシック様式の静けさに包まれたフィレンツェを代表する素晴らしい聖堂の一つなのです。
そして、聖堂の右奥にひそやかなサセッティ礼拝堂があります。メディチ銀行の総支配人も務めたフランチェスコ・サセッティが、自分と妻の墓所として購入したもので、礼拝堂の下段にこの「羊飼いの礼拝」を挟んで描かれているのがサセッティ夫妻なのです。敬虔な祈りを捧げる夫妻もまた、羊飼いたちとともに幼いキリストを礼拝しているようです。
★★★★★★★
フィレンツェ、 サンタ・トリニタ聖堂 サセッティ礼拝堂 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001/02出版)