大好きなおじいちゃんに向かって、少年は何事か一生懸命に話しかけているようです。老人にはもしかすると、幼い少年のたどたどしい言葉がまだ全部は理解できないかも知れません。しかし、一心に澄んだ声で話しかける孫の可愛らしさが嬉しくて、一つひとつ、うんうん…と頷き続けるのです。二人の間の温かい交流、信頼関係…そういったものがほのぼのと伝わる美しい作品です。
しかし、これがあのシスティーナ礼拝堂の壁画装飾、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂等の壁画や祭壇画、そしてフィレンツェの名士たちの肖像画を緻密な写実と堅固な構成感覚で描いたギルランダイオと同じ人物の作品と考えると、何か不思議な感じにとらわれます。ギルランダイオの手堅い職人芸が、このような温かい画面をも見せてくれることに、彼の自然への豊かな感受力をもまた、私たちはあらためて実感させられるのです。
ドメニコ・ギルランダイオは15世紀後半のフィレンツェで活躍した画家であり、フランドルの写実を受け入れ、同時代のボッティチェリとはまた違う、折衷的な道を歩んだ人でした。この作品の老人の、象皮病を思わせる大きな鼻の細部描写を見ても、フランドルの絵画に見られる正確な観察がはっきりと反映されているのが感じられます。フランドルの肖像画が持つ、光に満ちた絵画的精緻さには欠けるかも知れませんが、この絵の二人の人物の衣服や髪の質感、顔の細部描写は本当にみごとで、こちらに深い安心感を与えてくれます。
しかしまた、北方の画家たちの場合、この老人と少年の間に見られるような、温かい心の交流、心理描写をギルランダイオほどに表現し得た画家はいなかったかも知れません。そういう意味で、やはり彼は、イタリア・ルネサンスの重要な画家の一人でした。盛期ルネサンスを代表する天才ミケランジェロも、ギルランダイオの工房で、徒弟奉公をしていた時期がありました。そして、おそらく、ミケランジェロ自身が認める以上に、ギルランダイオの盛期ルネサンスへと発展していく要因を多分に含んだ手堅い仕事ぶりは、彼に深い影響を与えていたに違いありません。
そんなギルランダイオの創り上げた、どこか自由で散文的な画面の中から、幼い少年の清らかな声は時を超えた清澄な空気を伝って、美しく響き続けているのです。
★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵