有名な耳切り事件の直後に描かれた作品です。
攻撃的な印象などはなくて、けっこう穏やかな落ち着いた雰囲気が漂っています。そして、回復期にある人間の安らぎ・・・のようなものさえ見受けられます。
アルルの明るい風土は、ゴッホを色彩の画家として急速に成長させ、今までになかった躁の状態を与えましたが、かえってそれらは急激すぎて、彼自身、病的な高まりのために精神のバランスを崩してしまいました。そして遂に、「非常に力強く、極めて創造的な」と自ら評していたゴーギャンへのコンプレックスが爆発したかたちで傷害未遂事件を起こし、その数時間後、自らの耳を切るという常軌を逸した行動に出てしまうのです。
しかし、「耳切り事件」といっても、世の中でセンセーショナルに伝えられたように、耳全体をそぎ落としたというわけではありません。左の耳たぶの部分を切り落としただけで済んだので、わりと早い時期に再び絵筆を持つことができたわけです。
ゴッホがアルルの「黄色い家」の壁に「我は精霊なり、我は心すこやかなり」と記したのを見て、ゴーギャンが冷たく首をすくめたという話が残っていますが、そうまでして性格の違うゴーギャンに、自分の心の健康を示そうとしたゴッホの孤独が胸に迫ります。
ところで、後ろに日本の浮世絵らしき絵が掛けられて、意外なところにゴッホの日本好きが示され、心の余裕が感じられます。また、両眼に緑が用いられていて、少し不思議な感じがしますが、あくまでも静かな印象の自画像です。
ともかく、このころから、ゴッホは自分自身の狂気をはっきりと自覚せざるを得なくなります。
★★★★★★★
ロンドン、 コートールド美術研究所蔵